099.突きつけられた手紙
「う゛お゛おぉぉぉい!!」
耳障りな怒鳴り声と共に、玄関の戸が飛んだ。
そろそろかなと時計を見上げた、絶妙なタイミング。
こんな事なら、家の前で待っていればよかったと苦笑するのは心の中だけだ。
少なくとも、今の気分はどんな種類であれ、笑顔を浮かべられるようなものではないから。
「あら、お久し振りね。着いて早々に人の店の玄関を破壊するのはやめてもらえないかしら」
「これはどう言う事だ!?」
ずかずかと歩いてきた彼は、そのままの勢いで私の前に紙を突きつける。
それに見覚えがあるのは当然―――だって、私がイタリアの彼に宛てて出した手紙だから。
外は雨なのか、人目を引く長い銀髪はしっとりと濡れ、ポタリ、と滴を落としている。
傘くらい差せばいいのに、と思うけれど、大人しく傘の下で雨に打たれる彼の姿は少し想像し難かった。
「読んだままだけど………日本語は話せるけど読めない人だった?それだと困るわ…私、イタリア語はわからないから」
「読めるからここに来たに決まってるだろうが!?」
そう言う事を言っているんじゃないと手紙を握りつぶす彼。
これ以上は店の中に支障が出そうなので、外で話そうとカウンター席に下ろしていた腰を上げる。
そうして、戸の外れた玄関へと歩くと、待てよ、と腕を引き留められた。
「今日は定休日だけど、あなたが暴れると困るの。外で話しましょう」
「雨だぞ」
自分は濡れていても構わないくせに、私が濡れるのは気にする人。
そう言う、不器用な優しさを持つ人だと知っていなければ、心を預けたりしなかっただろう。
小さな喜びを仮面の下に押し隠し、平気よ、と外へ出る。
雨は嫌いじゃない。
だって、雨は二人の象徴だから。
「で、その手紙の意図は書いてあるままなのよ。あなたには付き合いきれない―――そう言う事」
理解できるでしょう?と首を傾げる。
シンプルに、「別れましょう。今までありがとう」と、何の説明もなく書き記した手紙。
「理由を言え!」
「自分の胸に聞いてみたらどう?」
逆にそう問いかけると、彼は大人しく黙り込んだ。
本気で、自分自身に問いかけているらしい。
彼が答えを出すのを待ってみたけれど、ただひたすら時間だけが過ぎていく。
「…先週の任務か?」
「……………」
「あれは向こうが勝手に盛り上がっただけで俺は何もしてねぇぞ!?」
「…へぇ、そう言う楽しい事があったのね」
私の声が低くなった。
冷めた目を向ければ、彼は余計な事を口にしたのだと気付いたらしく、苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。
「別に、そう言うのはどうでもいいわ。あなたがモテる事くらい、わかってるつもりだし…一々嫉妬するのも面倒だから」
面倒…と言う彼のつぶやきが聞こえたけれど、本音だから反応はしない。
嫉妬なんて、面倒な女のする事だと思っていた。
実際に自分がその立場になるまでは。
「でもね、いい加減、溜め込むのも限界だったのよ」
「だから―――」
「二言目にはボス、XANXUS―――レヴィほどじゃないかもしれないけど、そのボス崇拝な所はどうにかならないの!?」
降る雨に負けないように声を上げれば、彼の目が点になる。
こうなるだろうと感じていたけれど、堰を切った言葉は止まらない。
「私との電話の最中に、何度彼の話を口にすれば気が済むの!?挙句の果てに長電話だと彼の制裁を食らって強制終了―――距離だって周辺の女だって仕事だって…私が納得してるんだから、そう言うのに口を挟むつもりはないわ。でも、我慢できるのも限界があるの!」
「………う゛お゛ぉい…ちょっと待て。…要するに…」
「彼を相手に嫉妬するのは嫌なのよ!察して!」
言い終えると、興奮の所為で弾む呼吸を整える。
両者の間に沈黙が走り、雨音だけの世界が生まれた。
沈黙を破ったのは、私が発した小さなくしゃみ。
…生理現象だから、我慢できなかったのよ。
「…とりあえず移動するぞ」
どこに行くのかと問えば、隣町に部屋を借りていると言う。
いつの間に、と思ったけれど、何も言わずに促されるままに歩いた。
「話の続きは身体を温めてから聞いてやる。とりあえず―――」
「…何よ」
「別れるのか?」
「………吐き出したらすっきりしたし。手紙が着いてすぐに来てくれた事に免じて、今回は引いてあげる」
今更、雨から守るように被せられた彼のコートは、体温を奪われた身体には温かい。
コートに残る体温が、まるで彼に包まれているようだと感じて―――その襟もとに隠すようにして、小さな笑みを零した。
「おう、武。どうしたんだ?戸なんざ弄って」
「あぁ、外れてたから直しといた」
「そりゃーありがとな」
「それと、姉貴、今日帰って来ねーと思うぜ。彼氏と喧嘩しながら仲良く出てった」
「そうかいそうかい。そろそろ彼氏を連れて来いって言っとけよ!」
「あー…一応、伝えとく」
スペルビ・スクアーロ / 山本くんのお姉さんシリーズ