091.忘れてしまう私、忘れないでいる君

「そう言えば」

ベッドを借りて雑誌に目を落としていた紅が顔を上げた。
思い出したように声をかけてきた彼女を振り向く。

「鷹って本庄って苗字だったね」
「………は?」

一瞬、彼女に何を言われているのか、わからなかった。
その言葉の意味するところを理解するのに、いつも以上の時間を要する。
すると、彼女は困ったように、そして誤魔化すように笑う。

「いや…だって、いつも鷹って呼んでるから…苗字の事、すっかり抜けちゃってたみたい」
「…抜けるものなのか?」
「うん、抜けるみたいよ」

不思議よね、なんて他人事みたいに呟く彼女。
不思議でもなんでもない。
彼女の記憶力に問題があるだけだ―――とは言えないのが現実。
彼女は決して頭が悪いわけでもないし、記憶力も悪くない。
ただ単に、興味のない事に対して淡白すぎるのだ。
興味のあるなしによる温度差は、砂漠の一日の気温差以上だと思う。

「だって…抜けない?」

俺の呆れた顔に気付いたのか、彼女は控えめにそう尋ねる。
抜けない、と答えると、肩を竦めて、じゃあ、と続けた。

「私の苗字、覚えてる?」
「雪耶だろ」
「即答だね。…ごめんなさい」

流石に申し訳ないと感じたのか、彼女は肩を落として溜め息を吐く。

「まぁ、その内嫌でも覚えるから」
「え?」
「自分の苗字は忘れないだろ」

ぽかんとした表情が、一瞬で真っ赤に染まった。

本庄 鷹

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11.08.24