089.あんなにも手酷く裏切られたのに、まだ好き

「まるで恋する乙女よねぇ…」

テーブルに肘をつき、クスクスと笑うのはかつての戦争の英雄と謳われた一人。
彼女の視線の先には、ヤケ酒を呷るリオウがいた。
もちろん、この城の酒場に未成年に酒を出す人間はいないので、ジョッキの中身は柑橘系のジュースだ。
それを酒のように呷るリオウの姿と言ったら…成人後の姿が想像できる気がした。

「おう、いい飲みっぷりだな!!」

バシバシと肩を叩き、本物の酒を呷ってリオウを煽るのは、言うまでもなくビクトールだ。

「まぁまぁ、そう気を落とすなよ、リオウ。ティルの勝手気ままは今に始まった事じゃないさ」
「そうそう。前の戦いの最中もよーくコウを連れてどっかに消えたからなぁ…懐かしいぜ」

腐れ縁の二人の会話を片耳で聞き流しながら、コウもまた酒を飲む。
もちろん、ビクトールのようなラッパ飲みはせず、どこまでも上品に。
何年経とうと、骨まで染みついた習慣や仕草は消えなかった。

「だって…だって…昨日やっとこの城に帰って来たのに………一晩でいなくなるなんて、あんまりです…!!」

酷過ぎる、と腕に顔を埋めるリオウ。
酔っていないはずなのに、悲しみに咽び泣く彼は、酔っぱらいのようだった。
たぶん、酒を飲んだら泣き上戸になる口だな―――その場にいた誰もが、そう思う。

「とりあえず夜まで待ってみろよ!で、駄目ならまた迎えに行きゃいーじゃねーか!!」

な!とビクトールがボトルからそれを注ぐ。
あ、と誰かが呟いたが、止めなかった。
彼が注いだのは酒。
リオウを酒で酔わせて眠らせようと言う魂胆らしい。
いい加減付き合いきれなくなったんだな、と思ったけれど、やはり誰も止めない。
程なくして、正真正銘のアルコールに酔ったリオウは、テーブルに突っ伏して静まった。

「つーか、帰ったとかあり得ねぇよな」
「…そうだな。リオウは気付いていなかったらしいが」

ビクトールとフリックの視線がこちらを向く。
われ関せず、と言った様子で酒を飲むコウに視線を向けたのだ。

コウがいるところにはティルがいて、ティルがいるところにはコウがいる。
そんな風に一日の大部分を共にしている二人の片割れである彼女が、悠々と酒を飲んでいるのだ。
姿が見えていないだけで、当然―――

「あれ、珍しいね」

飲んでるんだ、と呑気な声が入り口から聞こえた。
酒場の全員の視線を受けて尚、表情一つ変えない彼は、悠然とコウの隣に腰掛ける。

「あなたも飲む?これ、中々美味しいわ」
「良かったね。トランの方では見ない銘柄だ」
「ええ。そうみたい」
「じゃあ、帰りに買い込んでいこう。ついでに定期的にトランに運んでもらう?」
「そうね。町の酒屋に声をかけてみましょうか」
「―――ところで、彼はどうしたの?」

今気付いた、と言った様子でリオウを指すティル。
コウはにこりと微笑んだ。

「片思いは辛いわ」
「…そうだね。生憎、僕の両手は君でいっぱいだから余所見をしている余裕はないんだけど」
「あらあら…可哀想に」

クスリと笑ったコウがジョッキの隣に硬貨を置く。
彼女がドアへと向かう前に立ち上がったティルは、ビクトール、と彼を呼んだ。
振り向かずともこちらを見ていた彼に向かって、ピンッと硬貨を弾く。

「あんまり寝坊助だと本当に帰るよ―――って、伝えておいてね」
「へいへい。あんまりリオウをいじめてやるなよ」
「いじめてなんかないよ。僕らは自由に生きてるだけ」

そう言って笑顔を残し、去っていくトランの英雄二人。
二人を包む空気はどこまでも柔らかく穏やかで、殺伐とした戦場を走り抜けた過去を持つなんて、想像もできないだろう。

「自由、ね…ほんとに、自由気ままに生きてるよなぁ」
「別にいいさ。アイツらは、あれで」
「…ま、お前はコウさえ笑ってれば文句ねぇもんな」

ビクトールはその大きな肩を竦め、渡されたリオウの酒代をピンッと真上に弾く。

1主&2主 / 水面にたゆたう波紋

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11.08.22