088.いつになったら来てくれるの
事も無げに投げられた質問に、泡まみれのスポンジに擦られていたマグカップが流し台へと落ちる。
ガコン、と鈍い音を立てたけれど、高さの関係なのかマグカップは無事だった。
「いつになったらって…」
「意味、わからないわけじゃないよね」
確信めいた問いかけに、沈黙を返す。
シャルの言っている事がわからないほど、恍けた性格をしているつもりはない。
これでも、それなりに修羅場を潜ってきていると自負しているのだから、尚更。
「“行く”なんて一度も言った事ないと思うけど?」
「うん。そうだよね。だから聞いてるんだよ。“いつになったら来てくれるの”って」
「行くつもりはないわ。あんな物騒な所。言ったはずよね、私は平穏を愛してるの」
不本意な紆余曲折の末、シャルを受け入れる結果になってしまっているけれど―――それすらも、拒めるものなら最後まで拒みたかった。
彼を受け入れれば、平穏には暮らせないとわかっていたから。
今の所、彼の協力もあって何とか平和な生活を送っているけれど、いつ何時その平和が崩れるか―――私はいつも、それを心配している。
「うーん…まぁ、それは嫌って言う程聞いてるんだけどね…ホームに来いって言ってるわけじゃないんだし…」
「ホームに来いなんて言われたら、塵一つ残さずに消える」
逃げ切れないだろうけど、と心中で呟くと、まるでその心の声を聞いたかのように、逃がさないよ、と笑顔で告げられた。
「他の連中には手出しさせないよ?」
「それでも嫌。第一、あの人に会いたくないし」
「あの人…あぁ、団長?大丈夫だって、仲間の女を盗るほど女に困ってないし」
「信用できない事この上ないね、そのセリフ。色々と身の危険を感じた記憶が多々あるんだけど?」
「あれは、まだ俺のじゃなかったから」
今は大丈夫だよ、と何の根拠もない笑顔をくれる。
何で、この人を受け入れてしまったんだろう…少し、後悔した。
「だからさ、一緒に暮らそ?」
「どこがどうつながって“だから”になるのかわからないけど…嫌。無理」
「即答だね」
クスクスと笑う表情に諦めの色はない。
付き合う前にも、同じようなやり取りを数ヶ月にわたって繰り返した事を思い出す。
結局のところ、押して押して押して―――そんな彼に、折れてしまったのは私。
今回もそうなる予感がするのは、きっと気の所為じゃない。
シャルナーク / ラッキー・ガール