087.残されたものはたった一つ、あなたのぬくもりだけ
そっと手を伸ばした先に人肌はなく、あるのは体温を残すシーツだけ。
人が出ていく気配に気付き、薄く目を開く。
明かりの灯らない船室には、私以外の人はいなかった。
隣の部屋へと繋がるドアの隙間から差し込んでくる明かり。
足音と気配を殺し、そっとドアへと近付く。
不安定な明かりの中に見えたのは、何かを真剣に読み漁るシャンクスの姿。
「…ごめんなさい」
もう何日も、何週間も続いている事。
一度や二度ならまだしも、これだけ続けば、ただでさえ気配に敏感な私が気付かないはずがない。
毎夜毎夜、シャンクスは私が眠った頃を見計らってベッドを抜け出す。
そして、私を起こさないようにと隣部屋に移動し、山のように積んだ本を読み漁るのだ。
―――すべては、私を救うために。
いつか、シャンクスが身体を壊してしまうんじゃないかと不安になる。
けれど、もうやめて、とは言えなかった。
これは私の願いであり、そして彼自身の願いでもあるから。
生きていたい、生きていてほしい―――二人の願いが同じであるからこそ、彼は睡眠時間を削り、探し求める。
私が手伝うと言っても、彼は少し険しい表情で首を横に振るだろう。
今の私は、決して無理をできる身体ではないから。
再びベッドに戻り、未だほんの少しのぬくもりを残してくれているシーツに手の平を滑らせる。
シャンクスは隣の部屋にいるのに、まるで遠い所に行ってしまったような感覚。
彼の名残を探すように、身体をシーツへと横たえる。
ふわり、と身体を包む彼の残り香に、静かに瞼を伏せた。
「…生きていたい」
ずっと、彼と一緒に。
呟く声を闇へと溶かし、眠りの世界へと落ちた。
シャンクス / Black Cat