080.愛すべき人が笑う、僕じゃないひとの傍で
忍び笑いと言うか、苦笑と言うか。
そんな笑いを空気で感じ取り、本から顔を上げる。
隣ではないにせよ、ごく近い場所に座っていたアルバロもまた、彼女の視線に気付いたようだ。
何?と首を傾げるその表情には、笑いの名残があった。
「どうしたのかと思って」
「ああ…これがね、面白くて」
差し出されたそれは、詩集だった。
それなりに名の知れた著名人のそれを集めただけの本を手に取った理由はわからない。
とりあえず、文面を読み取った彼女は、彼の笑みの意味を理解するには至らず、首を傾げた。
「“愛すべき人が笑う、僕じゃない人の傍で”」
流れるように一文を朗読した彼の声は、いつもとは少し違って聞こえた。
詩の雰囲気がそうさせるのか、彼があえてそう聞こえるようにしているのかはわからないけれど。
「…それがどうかした?」
「全体の流れから察するに、愛しい女性が別の誰かの傍で笑う事に嫉妬してるみたいだね」
彼の口から“愛しい女性”なんて言葉を聞く事になろうとは。
これほどこの言葉が似合わない人も珍しい―――と思ったけれど、話が脱線するので飲み込んでおく。
「そんな事を一々気にしてたら…俺なんて、どうなるんだろうね?」
「あなたは気にする性格じゃないでしょうが」
「まぁ、そうなんだけど。もし仮にそう言う性格だったなら、エストくんが大好きな君と上手くやっていけないよ、きっと」
あぁ、そう言う事。
漸く納得できたらしい彼女は、呆れたように肩を竦めた。
そして、当然のように言うのだ。
「そう言う性格の人だったら、付き合おうと思わないわ。きっと、こんな風に時間を共有する事が心地良いとは思えない」
「………」
「アルバロ?」
彼女の答えに沈黙を返すアルバロの表情が、どこか真剣みを帯びていて。
不思議そうな表情の彼女に、彼は改めて笑みを浮かべた。
「無意識の言動って結構な威力だよね」
「…意味が分かりかねるんだけど…?」
「うん、いいよ。そのまま、わからなくて」
誤魔化すように彼女の髪に触れ、そっと頭を撫でるアルバロ。
「俺は気にしないからね。エストくんの事」
「ええ、知ってるわ」
「それに…エストくんと一緒の時の君の表情…結構好きだしね」
小さく付け足した言葉は、風に攫われて彼女の耳には届かなかった。
アルバロ・ガレイ / Tone of time