070.愛していたとあなたは囁く

「今だからわかる事だけど…あなたの事、本気で愛していたわ」

恋とは何か、愛とは何か。
その答えも出ぬままに、いつの間にか恋人になっていた。
ランチアの隣はとても居心地が良かったし、それをおかしいと思った事はなかったと思う。
けれど―――これが、本当に恋なのか、愛なのか。
その疑問だけは、常に頭の中にあった。

カランとストローで氷を鳴らし、囁くようにそう告げる。
聞こえなかったなら、それで構わない。
そう思って呟いた言葉に、ランチアが動きを止めて顔を上げた。
どうやら、届かなくても、と思っていた言葉は、しっかりと彼の耳に届いてしまったようだ。

「あなたと一緒で、楽しい事、嬉しい事…沢山あって、幸せだったわ」

あの頃に戻る道が目の前に存在しているなら、その道を進むかどうかで随分と頭を悩ませるだろう。
少なくとも、私にとって戻りたい過去の一つである事は確かなのだ。

「あの頃抱いていた感情もまた愛だったのね」

気付かなくてごめんなさい。
そんな言葉に返って来たのは、苦笑だ。
その笑みがどこか寂しげに見えたのは、気の所為だろうか。

「お互い、遠回りをしたらしいな」
「…ええ、本当に」

気付いていたら、何か変わっていたのだろうか。
いや、きっと何も変わらなかっただろう。
私たちは結局、同じ道を進む気がする。

「今は―――」

不意に、ランチアが呟いた。

「幸せか?」

その問いかけに、少し間を置く。
かつてのファミリーの家族の元を回る日々が終わって、これからは自分の思うままに生きていける。
そう考えた時、脳裏を過った人物は目の前の彼ではなかった。

「…ええ、幸せに…なりたいわね」

その返事に、ランチアは小さく笑う。
そして、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、テーブルの上にお金を置いた。

「俺も、幸せだった」

そうして穏やかに笑い、店を後にしようとする彼。
反射的に立ち上がると、ランチア、とその背を呼びとめる。

「…ありがとう」

最後の別れではない。
けれど、これが“恋人だった私達”の別れになるのだろう。
何となく、そう感じた。

ランチア / 黒揚羽

Menu(お題順) Menu(ジャンル別)

11.07.20