066.傍にいて、とあの時伝えられたら
どれか一つでも運命が変わってしまったら、今の私たちは存在しないのだろうか。
それとも、巡り巡って、やはり同じように“私たち”が存在するのだろうか。
時々ふと、そんな事を考える時がある。
「ねぇ」
宿を取り、のんびりと寛いでいた時。
風呂上がりの髪をタオルで拭っていると、彼が声をかけてきた。
「傍にいて」
「…どうしたの、急に」
傍にいるでしょう?と首を傾げると、彼は小さく笑った。
そうではないのだと首を振る彼。
「ずっと―――傍に」
音もなく手を取られ、手の平にそっと口付けられる。
けれどやはり、彼の言葉の意味が分からない。
「あの戦争のときは、言えなかったから。思った時には声に出して伝えようと思ってね」
「………そう、ね」
「口にしたら、その先にあるのは敗北のような気がしていた。本当に…想いを封印し続けるのには苦労したよ」
一言と言わず、伝えたい言葉がたくさんあった。
届けたい想いがたくさんあった。
けれど、それを届けられなかった人たちの命を背負っていたから。
色恋に現を抜かしている場合じゃないのだと言い聞かせて、蓋をして―――隣にいるだけで、満足しようと思った。
「…私も、同じよ。いなくなってしまった人たち、失った命…考えれば考えるほど、幸せなんて望んではいけないと思っていたわ」
異世界に生きた二人が出会っただけでも奇跡なのだ。
これ以上も、これからも…望んではいけないと、言い聞かせてきた。
「もし口に出していたら、何か変わったかな?」
「…わからないわ。同じかもしれないし、変わっていたかもしれない。でも、関係ないでしょう?」
彼の手を絡め取り、その手の平に頬を寄せる。
「私たちは今、共に生きる事を許されている―――それだけで、十分だから」
「…そうだね」
ふわりと抱きしめてくれる腕に甘え、その胸へと寄り添って静かに瞼を閉じた。
1主 / 水面にたゆたう波紋