060.拙く、たどたどしい、でもそれは恋だった
「つばさ~」
窓の外から声が聞こえた。
部屋にいた翼は、窓を開けてベランダに出る。
子どもには少し遠い、隣の家のベランダに、彼女の姿があった。
「みてみて!かわいい?」
くるくる、ぴょんぴょん。
嬉しそうに飛び跳ねる彼女に、何の事だろうと首を傾げる。
しかし、揺れる彼女の髪が二つに結われていて、そこに大きめのリボンが結ばれている事に気付いた。
「あぁ、リボン?」
「そう!」
もう一度、かわいい?と問う彼女。
嬉しくてじっとしていられないらしい彼女だが、飛び跳ねるのはやめてくれた。
お蔭で、彼女の髪に結ばれたそれがよく見えるようになる。
「りーにぃがくれたの!わたしににあうとおもったからって!」
「…“りーにぃ”?」
可愛いよ、と答えようとした。
白いリボンは確かに彼女に似合っていて、その可愛らしさを惹き立てていると思ったから。
それなのに、彼女の口から紡がれたのは誰かの名前。
「りーにぃはね、おにいちゃんとおないどしで、いとこなの!」
よほど嬉しいのか、ニコニコと笑顔で話す彼女。
その様子を見ていて、何が理由なのかはわからないけれど―――何だか、苛々した。
ふぅん、と頷いた声の低さに気付いたのか、きょとんとした顔の彼女がベランダの縁に手をかける。
「つばさ?」
「なんでもないよ」
「なんでもないの?」
「うん」
「…そっか。ね、かわいい?」
やはり、答えなければいけないようだ。
いっそ似合わないと言った方がすっきりするだろうかと思った。
けれど、期待に満ちた目で翼の答えを待つ彼女を見ていると、そんな気分はどこかへと飛んでいく。
「…かわいいよ」
彼女は今、“翼の”答えを求めているのだ。
そう思うと、自然とそう答えられた。
その言葉を聞いた途端に、先ほどまでのご機嫌な笑顔以上の、満面の笑みを浮かべる彼女。
「つばさのがいちばんうれしい!」
その言葉と笑顔だけで十分。
そう思った自分の感情を理解するには、まだ少し年月が必要な翼だった。
椎名 翼 / 夢追いのガーネット