055.言葉さえなければ、幸せでいられたのに
委員会の活動で、放課後作業をする。
サッカー部が終わるまではまだもう少し時間があるし、彼女にとってはそろそろ片付きそうな山は予定通りと言えるだろう。
もうすぐ部活も終わるかな、と生徒会室の窓からグラウンドを見下ろす。
丁度良く、散り散りになっていた部員が、顧問の元へと集まっていく様子が見えた。
程なくして解散の声がかかったのか、部員たちが部室へと向かって歩き出した。
「―――だよね」
「え?あ、ごめん。ちょっと聞こえなかったみたい」
聞こえなかったのではなく聞いていなかったのだが、そんなのは些細な事。
取り繕った彼女の返事に気にした様子もなく、作業を共にしていた男子生徒が嬉しそうに笑った。
その表情には、彼女の視線が手元ではなく自分を映した事が影響している。
「あの山がもうこんなに少なくなってる」
「うん、そうだね」
予定通りに、とは言わないけれど、相槌を打つ。
それに気をよくした様子で、彼は続けた。
「ほら、俺達ってすごく息があってるなって思って」
彼女が手元で紙を整え、男子生徒がそれを受け取ってホッチキスで止める。
ただそれだけの作業に息が合うも合わないもないだろうと思うけれど、スムーズに進む作業は、彼にとっては重要だったようだ。
何となく、彼の言いたい事がわかってきた気がする。
「そうね。作業が順調に進んで良かった」
当たり障りなく返事をする。
「所で、サッカー部のマネージャーをしてるんだよね。いつも頑張ってる姿を見てるよ」
「うん。ありがとう」
「マネージャーって大変?夜とか、遅くなるだろうし」
「大丈夫よ。下校時間は守っているから、そんなに遅くならないし…送ってくれるし」
とんとん、と紙を整える。
これで、残りはあと3セット。
「もしよかったら、その役、俺も立候補しようかな。ほら、きっと気が合うから話も弾むだろうし―――」
「そうね。友達としては気が合いそうね」
これ以上妄想を放置するのは危険と判断した。
丁度、近付いてくる足音も聞こえていたし、頃合いだろう。
最後のセットを整え、彼女の言葉に静止したままの彼にそれを差し出す。
何百と言う流れ作業が功を奏し、不自然ながらも彼は最後の針をパチンと留めた。
「ごめん、待たせた?」
「ううん、丁度良かった。今終わったところ」
ノックの後に顔を出した翼に笑顔を返す。
男子生徒は、彼の登場に驚いた様子だ。
この分だと、一年生エースの顔は知っていても、彼女との関係までは知らなかったようだ。
何となく微妙な室内の空気に、翼が首を傾げる。
「…これ、どうするの?」
「終わったらそのままにして帰っていいって言われてるの。えっと…鍵、締めたいんだけど…それとも、頼んでもいい?」
早々に荷物をまとめた彼女に問いかけられ、男子生徒は油切れのおもちゃのように「しておくよ」と頷いた。
それを言うだけがやっとだった、と言った方が正しいか。
「ありがとう。じゃあ、あなたも気を付けて帰ってね」
そう言うと、彼女は翼と共に生徒会室を後にする。
「…どういう感じ?」
「知らなかったみたいね。気が合うって勘違いさせちゃったわ。友達としてなら悪くないんだけど」
天国から一気に突き落としてしまったような後味の悪さが残るけれど…お互いの感情が一致しない以上、仕方のない事だ。
肩を竦めた彼女に、翼は呆れたようにカバンを担ぎ直した。
「思わせぶりな態度、やめれば?」
「3時間も一緒に作業するのに、素気ない態度ばっかり出来ないでしょ」
「…それもそうか」
椎名 翼 / 夢追いのガーネット