052.仄かに残る香り

くしゅん、とくしゃみを我慢できず、小さな声が零れてしまう。
省エネが求められるこの時代に、まさかこんなにも冷房を聞かせる所があるとは思わなかった。
6月には相応しい格好をしているにもかかわらず、肌寒いと感じるほどの室温。
我慢できないほどではないからいいか、とスクリーンに集中しようとする。
その時、バサッと絹擦れの音と共に、視界に差し出されたそれ。

「恭介くん?」
「使えよ」

意図を探るように名を呼べば、短い返事が返ってきた。
平日の朝と言う事もあり、映画館の中はガラガラだ。
中央の真ん中あたりに座っている集団とは離れた位置にいるために、声を潜めれば迷惑になる事はないだろう。

「でも…寒くない?」
「俺には丁度いいくらいだな」

その言葉が強がりではないと悟ると、ありがとう、と言ってパーカーを借りる。
お洒落した格好にはパーカーは似合わないけれど、薄暗い映画館の中なら気兼ねしなくてもいい。
背もたれに預けていた背中を起こし、彼に借りたパーカーを羽織った。
腕を二回折ってもまだ長そうな袖を捲って上手く調整した所でふと、ある事に気付く。
気付くと同時に顔が熱くなって、意味もなく声をあげそうになった唇を手で塞いだ。

「どうした?」

彼女の反応に気付いたらしい恭介が、不思議そうに問いかけてくる。
映画はいいのか、なんて気遣う余裕はない。
スクリーンからの明かりに照らされた彼女の顔は、真っ赤だった。
さっきの今なのだから、彼が寒さのせいで体調を崩したのかと案じるのも無理はない。

「ち、違うの…大丈夫。元気だから、気にしないで」
「気にするなって…無理だろ」

どうしたんだよ、と質問を重ねられ、悩む。
やがて、彼女は諦めたように答えた。

「パーカーから恭介くんの匂いがしたから…何か、恥ずかしくて………。それに、抱きしめられてるみたいで…ほっとするし、ドキドキする」

一言目が滑り出してしまえば、あとは簡単だ。
赤い顔を隠しながらそう告げた彼女に、恭介はぽかんとした。
けれど、その意味を理解するなり、彼女と競うくらいに顔を赤くする。

「バッ、お前………んな可愛いこと言うなって!」
「言わせたの、恭介くんでしょ」
「ったく…パーカーなんかで喜ばなくても、いくらでも抱きしめてやるよ」
「…本当?」
「ああ。…家、帰ったらな」

映画はまだ始まったばかりなのに、その内容に集中なんて出来るはずがなかった。

御子柴 恭介 / 君恋

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11.06.08