040.私が好きだと言うのなら、他の全てを捨ててください

「な、に…?」
「聞こえなかった?」

なら、もう一度言うわ。
少女と女性の境目に位置する彼女は、弓なりに目を細め、そっと口角を持ち上げる。
彼女の母を知る者であったなら、母によく似た、と言っただろう。

「私が欲しいなら、他の全てを捨てて?」

肉親も仲間も友人も、あなたの持つ繋がり全てを捨てて。

見惚れるような笑顔を浮かべ、残酷な事を口にする。
自分を欲するならば、己の持つ全てを捨てろと言う彼女。
それを自惚れと言えない理由は、目の前の彼女にはそれだけの価値があるからだ。
五感のみならず、全てが彼女を欲する。
まるで、麻薬のような存在。

「全てを捨てたなら…お前が手に入るのか?」

ほんの少しの期待を含めた問いかけに、彼女は笑みを深めるだけ。
答えがない―――それが、彼女の答えだった。

「…高嶺の花だな」

いっそ、手にかけてしまいたいと言う本能が胸の内をざわめかせる。
けれど…それは不可能だ。
感情の問題ではなく、事実。
彼女の持つ絳華石の結界能力は、世界最強と噂されている。
だからこそ、その能力事、彼女が欲しかった。

立ち去ろうとする妖怪に、ねぇ、と呼び止める声がかかった。
振り向いた妖怪に、彼女は言う。

「“捨てられない”」
「?」
「私が求めていた、答えよ」

そう言うと、彼女は音もなく姿を消した。





「ねぇ、リクオ」

初めて出会った頃よりも、随分と成長した。
大人とは呼べないけれど、青年と呼ぶに相応しい彼。
何だ?と振り向いた彼に問いかける。

「私の事、好き?」
「寧ろ愛してる」
「…じゃあ、私が欲しいなら全てを捨ててって…言ったら、どうする?」

縁側で胡坐をかく彼の膝の上に乗り、その首に腕を絡める。
ぐっと縮まる距離で、彼女はじっと答えを待った。

「お前はその価値のある女だとは思うけどな…一度背負ったもんを、捨てられねぇよ」

その言葉に、静かな笑みを浮かべる。

「うん。その答えが欲しかった」
「…だろうな」
「わかってたの?」
「お前はそう言う…自分にとって大事なもんを天秤にかけるのは嫌いだろ?」

大切なものは一つじゃなくていい、彼女は昔、そう言った。
選ぶ必要なんかないと言う彼女がどんな体験をしてきたのかは知らない。

「…これだから、あなたの隣は心地良くて…離れられない」
「離れる必要なんかねぇよ」
「うん…そうだね」

彼の髪に指先を差し込んで、触れるだけの口付けを送る。
そっと額を合わせ、限りなく近い距離のまま、小さな笑みを交換した。

奴良 リクオ / 桜花爛漫

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11.05.20