039.あの時、君を殺めることができたなら

どんなに良かったでしょうね、と囁くように呟かれた声に、返す言葉が見つからない。
骸の執着が、どんな感情から来るものなのか。
わからなかったわけではない。
知らなかったとは言えない私自身に、何を言う権利もない気がした。

「いっそ、殺しておけばよかった。誰かのものになったあなたを見るなんて…吐き気がする」
「…骸…」
「殺した後でその亡骸に縋る事になろうと、最期にこの目に映る存在だった方が、どれほど…」

スッと目元をなぞる彼の指。
拒む事無くその指を受け、ただ真っ直ぐに視線を返す。

「あなたの心を得る事なんて、初めから諦めていたんですよ。だからいっそ、真逆の感情である…憎しみで満たされていたかった」

それなのに、あなたは全てを知って聞いて…なおも、僕を許そうとするから。

「諦めきれなくなってしまったと言うのに―――あなたは、別の男を選ぶんですね」

残酷な人です。
骸の手が力を失い、するりと頬から滑り落ちていく。
優しさはエゴだったかもしれない。
けれど、それでも…骸は私にとって、家族だから。
何があっても、その想いだけは消せなかった。
嫌いになんて、なれるはずがない。

「今からでも遅くはありません。あなたを殺したいと言ったら…僕を、止めますか?」
「…止めないわ。だって…あなたは、そうしないから」

例えその手が私の首にかかろうと、彼を止める言葉を吐く事はないだろう。
彼がその手を絞める事はないと…知っているから。

「………突き放してもくれないんですね」
「…ごめんなさい。私は、もうこれ以上何も失いたくないから」

それがどれほど残酷な事なのかをわかっていても、骸の手を振り払うことは出来ない。

「…あなたを愛していますよ。昔も、今も…この先も、ずっと」
「私は…彼を愛しているわ。だから、あなたも…この先は、誰かを愛してほしい」

私以外の、と続けることは出来なかった。
苦しいほどの抱擁を、やはり拒めない。
その代わり、その背に腕を回す事も、出来なかった。

「諦めません」
「骸…」
「けれど、あなたを泣かせるような方法は取らないと…それだけは、誓います。だから―――」

想い続ける事は、許してほしい。
切なく告げられた言葉を、どうして否定できようか。
返事はしない。
けれど、それが何よりの返事だった。

六道 骸 / 黒揚羽

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11.05.19