036.囚われたのは、
彼女が視界にいないだけで、紋章が酷くざわめく。
苛々、苛々。
心の声が聞こえてくるような、不快なざわめき。
不必要に魔力を吸い取るかと思えば、早く探せとばかりに飽和するほどに与えてみたり。
何て気紛れな紋章だろうと思う。
まるで、人間みたいだ。
「…落ち着けよ」
人ならざる者と理解しながらも、そんな風に声をかけてしまう。
紋章とは、それを宿した人間の意思に従うものだ。
もちろん、真の紋章は人には制御できないような能力を秘めている。
一説には紋章が宿主を選ぶとも言われているけれど…そんなこと、信じてはいなかった。
しかし、自らの目で、身体でそれを体感してしまえば、そうも言っていられない。
ソウル・イーターが自分に宿ったのは偶然だけれど、彼女がその恩恵を宿したのは偶然ではない。
ソウル・イーターが、彼女を選んだ。
「彼女はすぐに帰ってくる。そうしなければ生きて行けなくしたのはお前だろ」
命を与えたにも関わらず、その命を代償にして、離れる事に制限をつけた。
彼女の細い首元には、いつだって死神の鎌が添えられているのだ。
ソウル・イーターから伝わる苛立ちが、少しだけ軽減した。
語りかける声を聞いたのか、そうではないのか。
そんな事を考えたところで、向こうから歩いてくる人影に気付く。
どうやら、声を聞いたわけではなかったらしい。
その気配を感じ取っただけで、驚くほどに落ち着き払う紋章に、思わず苦笑した。
彼女はソウル・イーターに囚われている。
けれど、本当にそうだろうか。
もしかすると、囚われているのは―――
「ただいま。どうしたの、こんな所で」
「お帰り。どうにもこいつの機嫌が悪くてね。部屋で待っていられなかったんだ」
うっかり誰かの魂を奪ってしまいそうだったから。
声に出さない言葉を、察してくれたらしい彼女。
困ったように笑い、手袋越しに手に触れる。
ごめんなさいね、待たせてしまって。
その言葉は、誰に対するものだったのだろうか。
1主 / 水面にたゆたう波紋