034.あなたを誘い込む罠をひとつ、
彼女を一人で行かせるんじゃなかったと、後悔したのはつい先ほど。
表情は冷静そのものだったとしても、その胸中は煮え滾っている。
もちろん、大丈夫だと過信した自分に。
「俺が直接出向く」
「お頭が出るまでもねぇッスよ。俺たちが…」
「アイツが連絡も出来ないほどに梃子摺る相手を、お前たちが?」
寝言は寝て言え、と言いたげな冷酷無慈悲な眼差しに、部下は首を竦めた。
彼女からの連絡が途絶えて2時間。
本来ならば、もう既に帰ってきていてもおかしくない頃だ。
考えたくはないけれど、最悪の事態が脳裏を過ぎる。
そうして、部下への指示もそこそこにアジトを後にした。
「思ったより冷静だったわね」
もう少し早く来るかと思ったけれど、と言って艶やかに微笑む彼女。
乱闘の跡が見て取れる一室の中で、彼女は優雅に足を組みなおした。
話が違う―――蔵馬がそう思うのも無理はない。
彼が聞いた報告では、切羽詰まった通信の後、彼女からの連絡がないと言うもの。
必然的に想像したのは怪我、もしくは最悪…死んでいるかもしれないと言う事で。
駆けつけてみれば、彼女は傷一つない様子で、敵のアジトの最深部で寛いでいるではないか。
その表情は、実に満足気だ。
ここまでくれば、どういう状況だったのかが理解できてくる。
深々と溜め息を吐き出した蔵馬に、彼女は鈴が鳴るような声で笑う。
「私のために必死になってくれる表情は悪くないわ」
「…そうか」
「………怒った?」
「いや、無事で安心した」
さも当然のように答えた彼に、彼女は軽く瞬きをした。
それから、嬉しそうに目を細め、近付いてきた蔵馬の首へと腕を絡める。
「ありがとう、蔵馬。試すような事をして悪かったわ」
「…まぁ、考えてみればお前がこの程度の奴らに負けるはずがなかったな」
そこに頭が及ばなかった辺り、冷静に見えて冷静ではなかったのだろう。
自分の失態に目線を逸らす珍しい彼を見て、彼女はクスリと笑った。
妖狐蔵馬 / 悠久に馳せる想い