031.思い出にはさせない

「リ、クオ…?」

触れた熱よりも寧ろ、離れていく熱に戸惑いを覚える。
まるで初めからそうであったかのように馴染んだ熱を失うことへの、不思議な焦燥感があった。
唇が発した名前は、彼の耳に届いたらしい。
小さく笑ったリクオが、伸ばした手の指先で私の唇をなぞった。
先ほど、自身の唇で触れた、その感覚を思い出させるかのように。

「良い思い出、なんて言うなよ?」

そう言う彼の目は、いつの間にこんなにも強くなっていたのだろうか。
初めて会った頃は、彼は妖怪と言うよりは人間に近かった。
己が妖怪であることを受け入れ、奴良組を継ぐと決めてからの成長は目覚ましい。
そう―――私が認めてしまう程に。

「…思い出にするのはいけない事?」
「思い出は過去だろ。俺は、この瞬間を過去の事にさせるつもりはない。今この瞬間は現在であり、そして未来だ」
「…抽象的ね」
「要するに、さっさと忘れさせるつもりはねぇってことだ」

ぐいっと強く腰を引き寄せられ、枝に座る彼の膝の上へと持ち上げられてしまう。
重い…とは思わないけれど、邪魔ではないのだろうか。
不便そうな彼の手から酒を預かり、空になった杯をそれで満たす。

「お前の酌で花見酒とは、中々粋な時間だな」
「誰の酌でも味は同じよ」
「そうでもねぇぜ?」
「…そう」
「ま、今は好きに躱してればいい。時期が来たら逃がさねぇからな」

今もまさにその状況だと思うけれど、と言う言葉は飲み込んでおく。
どうやら、彼のターゲットに決まってしまったようだ。
何がどうなってそうなったのかはわからないけれど…彼の目を見る限り、そこに遊びも偽りもない。
純粋な感情を垣間見て、そう遠くない未来の自分がありありと想像できてしまった。

「いい夜だな」
「…ええ」

この腕の中を嫌だとは感じないのだから…それもいいかもしれない。
そんな風に感じた、三日月の夜だった。

奴良 リクオ / 桜花爛漫

Menu(お題順) Menu(ジャンル別)

11.05.09