026.あなた以外の音なんていらない
「エスト…大丈夫?」
聞き慣れた声に誘われて、瞼を開く。
刺激と言う程ではない明るさが目に入り込み、思わず眉を顰めた。
その光を遮るように、顔を覗かせる人物。
「…姉さん…?」
「良かった…気が付いたのね」
「僕は…」
前後の記憶が曖昧で、姉さんに向ける言葉が見つからない。
姉さんはそんな僕に苦笑しながら、そっと手を握ってくれた。
そこから流れ込んでくる彼女の優しい魔力。
「授業中に魔力が暴走してしまったのね。体調が悪かったんでしょう?」
「………すみません」
「気にしなくていいわ。今日の授業は難しくて、エスト以上に大変な状況の生徒が山積みだから」
医務室は大混雑よ?と笑う彼女は、そんな失敗はしなかったのだろう。
魔法院に来て数ヶ月…持って生まれた才能をいかんなく発揮する姿を、何度も目にしてきた。
「体調が悪い時はちゃんと言わないと駄目よ?無理は身体によくないわ」
「…そう、ですね。ここは…?」
「寮の一室よ。魔力さえ回復すれば、あとは風邪気味の体調を整えるだけだから」
こんな風に話している間にも、手の平を伝って流れ込んでくる魔力。
あたたかくて、優しくて。
この手に頼れなかった数年の日々は、まるで凍てついた世界だった。
あの時の事を思い出し、思わずきゅっと指先に力を込める。
姉さんが僅かに目を見開き、瞬きをした。
「眠るまでで構いません。…少しだけ…」
「…起きるまで傍にいるから、安心なさい」
身体の不調は心までも弱らせる。
彼女の声と、その手の平から伝わる穏やかな心音。
彼女の“音”を聞きながら、眠りの世界へと落ちた。
「…あれ?まだ目を覚まさない?」
「いいえ、さっき少しだけ起きたわ」
「ふぅん…それにしても、穏やかな寝顔だね」
「あまり見ないであげて。と言うより、どうしてここに居るの、アルバロ?」
「昼食も夕食もすっぽかして看病に専念する大事な彼女の様子を見に来ただけだよ」
「…悪かったわね、連絡もせずに」
「別にいいよ。エストくん最優先は今に始まった事じゃないし。ほら、サンドイッチ」
「ありがとう」
「手を握るの、代わろうか?」
「………エストが悪夢を見そうだから遠慮しておくわ」
「酷いなぁ。それより、ルルちゃんが心配そうにエストくんを探してたよ?」
「…エストが彼女に弱っている姿を見せるには…まだ少し早いと思うわ」
「………まぁ、そうだろうね。一番見せたくない姿だろうから」
「少し記憶も混乱しているみたいだし…。って、だからアルバロ…あなたもあまり見ないであげて」
「はいはい」
エスト・リナウド / Tone of time