022.君の欲しいものは僕にとっての痛み

「全部気付いとるのに…盲目的やね」

彼が浮かべた笑顔は、決して正の感情を含めたものではなかった。
どこか薄ら寒さすら感じさせるそれに、表情筋の一つも動かす事無く、瞼を伏せる。

「仮に気付いていたとしても…それが、彼の本意だとは限らないわ。あの人は自分の本心を見せない人だもの」

そうでしょう?と問えば、彼は軽く肩を竦めた。
彼もまた、少なからず、同じことを感じているはずだと考えてのものだったが、やはりそうらしい。

「せやけど…このままやと、自分も苦しむ事になるで?今でも結構胸を痛めとるんやろ?」
「………」
「自分、あの人の傍におるには心根が優しすぎるわ」

彼の望みは、無関係な人を巻き込み、そして傷つける。
それにより、彼女は心を痛め、閉ざしていく。
悔しげに、苦しげに―――そうして、唇を噛み締めて言葉を飲み込む彼女を、何度、目にしただろう。
いっそ、逃げてしまえばいいのに、と思う。

「…もう、抜け出せないわ」

彼女は虚を見つめたまま、呟いた。
まるで彼女の目は、自身に絡まる見えない鎖を見つめているかのようだ。

「あなたも、十分優しいと思うわよ。彼女を見つめる目は、特に」
「…何の事やろ?」
「わからないならいいの。気にしないで」

恍けているのだとわかっているはずなのに、彼女は追及しようとしない。
近付いたかと思えば、潮のように引いていく。
それがあまりにも自然だから、誰も彼女の本心に触れていないと気付かない―――気付かせない。

「…なぁ」
「何?」
「自分、幸せか?」

ふと、考えてもいない言葉が口をついて出た。
きょとんとした表情を見せた彼女は、やがて小さく微笑む。

「自分らしく生きていると…そう思うわ」
「その答えはずるいなァ」
「ふふ…じゃあ、幸せ、と答えておくわ」

彼女はその穏やかで優しい笑顔で、全てを拒んでいるように見えた。

市丸 ギン / 逃げ水

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11.04.15