012.全部あげるよ、君に
「半分やこれからと言わずに、全部あげる」
何の説明もなくそう言われた。
とりあえず、持っていたフライパンをコンロに置き、中身が焦げ付かないように皿へと移す。
そして、改めて恭弥に向き直った。
「説明がないと全く分からないわ。私は何を貰えばいいの?」
そう言えば、昨日と言わずに先週あたりから少し様子がおかしかったような気がする。
気の所為か、もしくは地域の風紀の関係だろうと気にしていなかったのだが。
エプロンを外す私に、彼は珍しく、続く言葉を躊躇した。
「全部あげるよ、君に」
「恭弥、あのね―――」
「だから、君の人生をちょうだい」
同じ内容を繰り返した彼に、そうじゃないのだと続けようとした。
しかし、それを遮るようにして、恭弥が告げた言葉。
それは、私の勘違いでなければ、間違いなく―――
「…あげるって、まさか…」
「僕の人生」
最早、決定的だ。
思わず言葉を失う私に、彼はいつもの調子を取り戻し、一歩ずつ近付いてくる。
「返事は?」
「………要らなくなったからって、返品はできないのよ?」
「するわけない」
迷いのない恭弥の言葉は、それが本心であると教えてくれる。
言葉の内容が彼らしくないのは、知識を持たない彼にお節介な誰かが助言したのだろう。
別に誰の影響でも構わないけれど、とりあえず。
「恭弥の言葉で、もう一度」
言ってくれるわよね?と首を傾げれば、ぴたりと止まる足。
不満げな表情を見せるけれど、ここは譲れないのだから仕方ない。
無言の攻防が続き、折れたのは当然、彼。
「………結婚して」
「ええ、喜んで」
答えると同時に、強く抱きしめられた。
こんな風に彼が感情のままに抱きしめてくるのは珍しい事だ。
普段なら多少遊んだりする状況だが、ここでそうするほどに空気が読めないわけでもない。
それに…私自身も、嬉しくて仕方ないのだから。
「よろしくね、恭弥」
ごく自然に薬指に通された指輪の存在には、もう少し気付かない振りをしておこう。
今はとりあえず、この腕に包まれているのが幸せだから。
雲雀 恭弥 / 黒揚羽