009.唇を撫でる指先に恋した
そっと、熱を持った口元に冷たい何かが当てられた。
閉じていた目を開いた先に、一人の女。
「…大丈夫ですか?」
逆光になった女の表情は、詳細まではっきりと見て取れるわけではない。
けれど、自分を心配そうに見下ろす眼だけは、とても印象的だった。
喧嘩で怪我をした不良に構うなんて馬鹿な女だ、と嘲笑った心中を、彼女は知らなかっただろう。
濡らしたハンカチで血の滲む口元を押さえる彼女の目に、怯えはなかった。
その眼差しが眩しくて、動かすだけで痛む手で彼女を拒む。
「…構わなくていい。勝手に喧嘩しただけだ」
思った以上にかすれた声だったが、彼女には届いただろう。
ほんの少し動きを止める彼女。
白いハンカチには既に血が染み込んでいて、何となく申し訳ない気がした。
数秒、じっと俺の動向を見つめていた彼女は、やがてハンカチを持たない方の手を伸ばしてくる。
何故か逃げる気にも拒む気にもなれず、近付くそれを受け入れた。
腫れた口元に、そっと触れた指先。
「…痛くないですか?」
「………痛ぇ」
「でしょうね。何もしないよりはマシだと思いますから」
そう苦笑した彼女は、改めてハンカチをそこに押し当てた。
僅かに俺の体温を吸ったハンカチは、決して冷たさを保っているわけではなかった。
けれど、ほんの少しだけ残っていた冷たさが、荒れた心を穏やかにする。
「早く手当て…してくださいね」
それ以上深く関わらない方が良いと感じたのか、彼女は俺の手にハンカチを握らせ、小さな笑顔を残してその場を去って行った。
「あの制服…どこの学校だったかな…」
真っ直ぐ見つめる目が新鮮で、触れる指先が優しくて。
こんなにもボロボロな俺に笑いかけてくれた彼女に、生まれて初めて恋をした。
水上 彰(オリキャラ) / 君恋