007.くちづけを捧げる、君だけに
促すように頬に触れる手。
鋼をも切り裂く鋭い爪だが、それが私を傷付ける事はない。
何を求められているのかがわかっているから、少しだけ戸惑う。
けれど、拒めないと言う事もわかっていた。
本当に嫌ならばそう伝えればいい。
そうすれば、彼は無理強いしたりはしないだろう。
そうしないのは…私も、心のどこかで彼に触れたいと思っているから。
実行に移すまでに時間がかかるのは、ただ単に慣れの問題だ。
「待っていると日が暮れそうだな」
そう言って、彼が喉を鳴らして笑う。
決してからかわれているのではないとわかる、優しすぎる声音。
頬を撫でる手が、楽しげに首筋へと流れ、思わず身を竦めた。
頃合い、か―――そう悟り、覚悟を決める。
腕を伸ばさなければならない彼との距離を詰めるように、その膝の上に跨った。
膝をついたベッドがギシッと小さな悲鳴を上げる。
「…楽しそうね」
「もちろん、楽しいさ」
肩に手を置いて位置を整えたところで、膝立ちの私よりも低い位置にある蔵馬の顔を見る。
その表情は、楽しげと言う他に的確な表現がない。
はぁ、と小さく息を吐き、そして彼の額へと唇を寄せた。
そっと触れたそこから、自分のものではない体温が伝わる。
身体を離して彼の目を見ると、楽しげながらもどこか不満を含ませるそれと視線が絡んだ。
そこに子供っぽさを感じて、思わずクスリと笑う。
そして、瞼、頬と順に口付け、最後に彼の唇に自身のそれを重ねた。
「…これだけか?」
「これ以上求めないで」
出来ない…と言うわけではないと思うけれど、自ら進んでしたい事でもない。
頬に集まる熱を感じ、逃げるように蔵馬から目を逸らした。
彼の笑い声が鼓膜を叩く。
「…ここから先は次の機会にするか」
彼がそう言うのと、視界がぐるりと回るのは、どちらが先だっただろうか。
緩く結っていた髪が解け、金色の髪が白いシーツの上に流れる。
見下ろす彼の向こうに天井が見え、今の状況を理解した。
「言われた通りにしたと思うけれど?」
「あぁ。だから、褒美をやろう」
目の前にある、とても楽しげな笑顔。
吐息を共有し、そして奪い合うような口付けに、そっと瞼を伏せた。
妖狐蔵馬 / 悠久に馳せる想い