006.今はまだ言えない

誰かに寄りかからなかったら、前に進めなかった。
こいつは、それがわかっていたから…探していたのかもしれない。
自分の唯一無二の、番となる存在を。

野宿の夜。
背中合わせで見上げる夜空には、満天の星空が広がっていた。
モンスターに襲われる事を避けて、森の中で野宿をすると決めた時には、こんな風に空を見上げられるとは思っていなかった。
木々に邪魔される事なく星を見ていられるのは、彼女のお蔭だ。

「いい星空ね」
「…そうだね」

同じ空を見上げて、二人で秘密の話をするように声を潜めて会話する。
と言っても、この距離にいれば声なんてほとんど出さなくても聞こえる。

「…ねぇ」
「何?」
「さっきから…何かの気配を感じるんだけど…」

気の所為じゃないよね、と呟くと、肩越しに彼女が笑うのを感じた。

「相変わらず勘が良いわね。エルフの加護のお蔭かしら…精霊が、集まっているみたい」
「精霊、ね。姿は見えるの?」
「いいえ、私にも見えないわ。ただ、気配を感じるの。確かにそこにいると言う彼らの気配が」

そうして、彼女は何かに触れるようにそっと手を伸ばす。
白い指先が何かを捉える事はなかったけれど、その口元が緩やかな笑みを浮かべた。
目で見たわけではないけれど、紋章越しに伝わる彼女の穏やかな心。
それが心地良くて、荒々しい日常を忘れさせてくれた。
例え一時的なものだったとしても、今の彼が前に進むためには必要不可欠な時間なのだ。
一方通行ではない紋章は、彼女にもまた、彼の心を伝えてくれる。
心を共有する事は、もちろん良い事ばかりではない。
相手の負の感情も共有する事になる。
けれど、二人はお互いに、共有した相手が彼らであった事を喜んでいた。
他の誰でもない、この人だからこそ、全ての心を受け止めたいと思ったから。

「―――」

声ならぬ言葉を紡いだのは、一体どちらだったのだろうか。
今はまだ伝えられないこの言葉を、声として発する時。
二人の関係はある種の終止符を打ち、別の道へと歩き出す。
それが遠い未来の話ではない事を願い、見下ろす星々に祈った。

1主 / 水面にたゆたう波紋

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11.03.23