086.泣いている君を、ただ見つめる事しか出来なかった

人前では涙を見せず、哀しげに瞼を伏せるその姿を、何度目にした事だろうか。
仲間の輪の中に溶け込む事も出来ず、寂しげに見つめるだけの小さな背中。
家に帰れば、貴族として誇れるだけの能力を追い求めるべく、修行に明け暮れる。
けれど、大きな成果も見えず…不安と、焦りがすぐ後ろに迫っているように感じる息苦しい日々。
ルキアがそう感じている事を、私は知っていた。

能力以上を求められ、常に家が誇れる姿である事を余儀なくされる人形のような日々。
生まれてからずっと、その箱庭で生きてきた私には、それが当たり前になってしまった。
けれど、ルキアは違う。
広い世界の中で自由に生きてきた蝶のような彼女には、朽木家は狭く、重いものでしかないだろう。
気付いているけれど、何もできない。
彼女自身が、それを知られまいと頑張っているから。
頑張らなくていいと言ってあげたいけれど、それは彼女の誇りを傷付けてしまうかもしれない。
それを考えると、何も言えなかった。

「ルキア」
「!!姉様…こんにちは。このような所でお会いするとは、珍しいですね」
「そうね。少しこちらに用があったから、足を延ばしてみたの」
「そう、ですか」

やはり、彼女は私に笑顔を向ける。
本心を隠し切れない偽りの笑顔―――それを見る度に、私の心は痛んだ。

「…無理を、していない?」
「え?」
「今日はとても寒いでしょう?それなのに、上着も持って行かなかったから」

取ってつけたような理由だったけれど、ルキアは納得してくれた。
自分の事で手がいっぱいで、私の言葉の綻びには気付けないのだろう。

「大丈夫です。身体は丈夫にできていますから…授業を休んで姉様たちに迷惑をかけるような事はしません」

安心してください、と微笑む彼女に、私は無言で腕に持っていた襟巻を広げた。
春を先取ったような、緋色の桜が美しい上質なものだ。
それをルキアの首に巻けば、彼女は慌てた様子でそれを解こうとした。

「姉様!私にこのようなものは…!!」
「風邪を引いても、迷惑なんて思わないけれど…でも、風邪を引いたら駄目よ。心配するから」
「でも…」
「でも、じゃないでしょう?」

意味は分かるわよね?とルキアの目を見つめる。
彼女は数秒間、その言葉を躊躇い…そして、口を開いた。

「ありがとう、ございます」
「それでよろしい」

少し気取って言うと、彼女は小さく小さくはにかむ。
その表情は、偽りでも無理をしたものでもなく、桜の蕾のような優しくて可愛い本来の笑顔だった。

ちなみに襟巻を私に持たせたのは白哉様で、あの襟巻は元々ルキアに渡すために用意したもの。
ご自分で渡せばいいのに、優しい所を素直に見せられない彼に言っても無駄な事。
まだ時期ではないのだろうと自分を納得させ、素直に頷いてそれを受け取った。
いつか…この事をルキアに話してあげられる日が来ればいいと思う。

朽木 ルキア / 睡蓮

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11.02.21