077.わたしの近くで、何かが壊れたような音がした
「…東に広がりすぎているわ。戦場が拡散してしまうから、彼らを中央に戻して。それから…右翼の兵に疲労が見えるから、下がらせて。本陣の兵と入れ替えればいいから」
小高い丘の上に築いた本陣から、戦場を一望しながらそう指示を出す。
命令を聞いた側近らが一斉に動き出し、本陣で出番を待っている兵たちもまた、彼らの声を聞いて武器を手に立ち上がる。
「…姫さん。筆頭が相手の本陣に辿り着いた。大将を落とすのは時間の問題だ」
「そう。では、各隊の将に伝えて。降伏する兵を西に誘導するようにと」
「御意」
即座に姿を消した彼は、程なくして本陣の彼女の元へと戻ってきた。
その頃には、敵の本陣からは降伏の狼煙が上がっていた。
「…終わったわね」
「あぁ。お疲れさん」
漸く肩の力を抜く彼女に、素直に労いの言葉を口にする氷景。
彼の言葉に、彼女はその日初めての笑顔を見せた。
「政宗様の元に向かうわ」
ひょいと虎吉の背に跨った彼女は、そのまま本陣を出て戦場を突っ切る。
そうして相手の本陣へと辿り着いた彼女は、何かに気付いて剣を抜いた。
狙いを定め、真っ直ぐに突き出したそれは刃の長さを超えて蛇のように伸びる。
切っ先が蹄の音に気付いて振り向いていた政宗の脇をすり抜け、その背後で鈍い音を立てた。
肩に深々と突き刺さった関節剣により、彼の背を狙っていた男が低く呻いてその場に膝をつく。
彼女と共にやってきた氷景が即座にその男を取り押さえ、地面へと縫い付けた。
「お怪我は?」
「…ねぇな」
よくやった、と褒めの言葉を紡ぐ。
刀にかけていた手を下ろすのを見て、彼が気付いていなかったわけではないのだと悟った。
軽やかに虎吉の背から降りた彼女は、改めて政宗の隣に立つ。
「降伏した兵は既に集めています。兵たちが政宗様の声を待っていました」
「そうだな。―――戦は終わりだ!!勝鬨をあげろ!!」
よく通る声が各隊の将へと伝えられ、あちらこちらから勝鬨があがる。
彼女は勝利の興奮の空気を背中で感じつつ、漸く肩の荷が下りたとばかりに息を吐いた。
「では、私は戦の始末に戻ります」
「あぁ、すぐに行く」
そうして来た道を引き返す彼女の背を見送りつつ、氷景、と忍を呼んだ。
「どうだった?」
「十分すぎるほどだな。正直、女にしとくのは勿体ねぇよ」
「そうか…あいつも、前の戦で頑なに作ってた殻をぶち破ったか」
彼女の成長を目の当たりにして、実に楽しげに笑う政宗。
これから、彼女はどんどん知識と経験を積み、更なる高みへと進むのだろう。
「先の楽しみな奴だな」
そう呟いて独眼を細め、ニィと口角を持ち上げた。
伊達 政宗 / 廻れ、