076.泣いたってどうにもならないのに、泣きたくなるのは何故なの
熱に魘されるエスト。
彼が眠るベッドの傍らで、その額に乗せたタオルに触れた。
熱を吸って冷たさを失っているそれに気付き、そっと水の魔法を使う。
途端に本来の冷たさを取り戻したそれを、改めて彼の額に置いた。
「…ごめんね」
何度、この言葉を口にしただろう。
幼い子供には過酷な日々。
それを止められない自分。
こんな風にエストが傷つき続けるのなら、世界が消えてしまえばいいと思う事すらある。
彼を連れて逃げ出す事すらできない自分の無力さを、何度も何度も恨み、そして憎んだ。
「…ごめんね…私、頑張るから…っ」
どれほどに魔力を高めても、“彼ら”の望む値には足りない。
選ばれてしまったエストと、選ばれなかった自分。
良かったと思った事など一度もない。
寧ろ、エストが違う場所に生まれていればと…何度もそう思った。
「―――、」
「エスト?」
魘される彼が何かを言ったような気がして、耳を澄ませる。
すると、エストは小さく、途切れ途切れに「姉さん」と呼んでくれた。
苦しんでいる時、自分を頼ってくれると言うのか。
こんな何もできない、自分を。
その小さな手を握り、祈るように額を寄せる。
「お願い…誰か、エストを救ってあげて…」
作られた魔力がエストを蝕む。
もう二度と切り離す事の出来ないそれは、その命尽きるまで彼を傷付けるだろう。
ならばせめて、心だけは救われてほしいと願う。
いつの日か、遠い未来でも構わない―――小さな彼が、安らげる場所を見つけられるようにと。
言葉にできない感情を涙として零し、ただただ祈り続けた。
エスト / Tone of time