073.あなたは真っ白で、僕はとても触れられそうにない
「―――ですわ?」
「―――あの、でも…」
とある部屋の前を通った時、コウの声が聞こえて思わず足を止めた。
戸惑いの色が浮かぶ彼女の声。
どうしたんだ?と疑問符を浮かべたところで、部屋のドアが開いた。
「あら、ティルさん。丁度良い所に」
笑顔を浮かべたのは、今まさに部屋から出てきたばかりのアイリーンだ。
彼女はにこにこと微笑むと、自分の後ろにいた彼女を引っ張り出した。
無理のない程度に、けれどやや強引に。
ティルの前へと押し出されたのは、コウだ。
彼は目の前に現れた彼女の姿に、言葉を失って瞬きをする。
真っ白と言っても過言ではないほどに、美しい白のドレス。
凝った装飾はなく、ワンピースと言っても問題ないシルエットのそれは、彼女の優しい空気によく似合っていた。
ふわりとした緋色の髪がとてもよく映える。
「ふふ。よくお似合いでしょう?コウさんったら、照れて隠れてしまうんですもの。こんなによく似合うのに、誰にも見ていただかないのは勿体ないわ」
「アイリーンさん…っ」
姫だった時は、ドレスは日常的に着ていた。
この服以上に凝ったデザインのドレスも難なく着こなしていたし、何も気にしていなかったのだが…ここに来てからと言うもの、実用性を重視した服を選ぶ事が多かった。
久し振りのドレスに、何とも言えない恥ずかしさを覚えるのだ。
「そのドレスは差し上げますわ。要らなければ捨ててくださいね」
「そんな…捨てるなんて!」
「もちろん、着ていただけるならとても嬉しく思います。では、ティルさん、失礼します」
残された二人の間に微妙な空気が横たわる。
ドレスに着られていると言った様子はなく、寧ろいつも以上に凛としたコウの姿に、彼女の本来のあるべき姿を見た気がした。
この沈黙を何とかしなければと言葉を探しながら伸ばした手。
しかし、それは彼女に触れる前にぴたりと動きを止めた。
「ティル?」
それに気付いたコウが不思議そうに彼を見つめる。
「(…触れられるはずがない)」
何度も戦を繰り返し、数多の屍を越えてここまで来た。
血に濡れた自分が触れていい存在ではないのだと、苦笑が浮かぶ。
それを見たコウは、紋章越しではなく、彼が何を考えているのかを悟った。
彼女は何も言わず、動かないその手を取る。
驚いて引っ込もうとするそれを、ほんの少しの力で押しとどめた。
「大丈夫。私も…そんな真っ白な存在ではないわ」
「コウ…」
「一緒に乗り越えていくって…決めたでしょう?」
考えてしまう事を責めはせず、彼女はただ、穏やかに笑う。
この笑顔に、空気に―――どれほど救われているのか、彼女は知らないだろう。
「…よく似合うよ」
素直に伝えられた言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
1主 / 水面にたゆたう波紋