065.あなたは全てを持っているのに、これ以上何を望むの

―――良いよね、雪耶さんって。学年1、2を争う秀才で、美人で性格だって嫌味っぽくなくて…恋人は南野くんでしょう?
―――ホント。天は二物を与えないって言うけど、あれって嘘だよねー。

クラスの前を通った時に聞こえた声は、決して優しいものではなかった。
羨望、嫉妬―――人間の負の感情の見える声に、紅は思わず苦笑する。
彼女らとの仲は決して悪くはないけれど、こうして本人がいない時には色々と思っている事が口をついて出てしまうのだろう。
今日は偶然聞いてしまっただけだけれど、もしかすると毎日こんな風だったのかもしれない。
どちらにせよ、仲よくしている紅もまた、外面の紅である事に変わりはなく、彼女らの本心を聞いたからと言って、何かが変わるわけではない。
人間の二面性など、嫌と言うほど理解しているから。

「“南野くんくらい譲ってくれてもいいのに”か…」

その声を最後に、クラスを離れたから続きはわからない。
話題は尽きそうになかったから、もう暫く雑談に花を咲かせるのだろう。
そんな彼女らの最後の言葉を思い出し、小さく笑う。
その笑みは、いつもの優しいものではなく、言うならば佐倉の時の表情によく似ていた。
言葉として表現するならば、嘲笑が相応しいだろうか。

「目も当てられないほど愚かになってもいい。誰も振り向かないほど醜くても構わない。蔵馬以外のものなんて、何も要らないわ」

果たして、彼女らにその覚悟があるのだろうか?
あるわけがない、と鼻で笑う。
若く幼い彼女らはきっと、本気の愛を知らないだろう。
手に入らないならばいっそと思う程の、表裏一体となる愛憎の感情。

「待たせてごめん。―――紅?」
「どうかした?」
「…随分、楽しそうに笑ってるね」
「ふふ…そうね。人間の愚かさと浅薄さが、いっそ愉快だなと思って」
「よくわからないけど」

まぁいいよ。
そう言った彼が紅の手を取って歩き出した。
彼にとって、何が彼女にそう思わせたのかは取るに足らない事だ。

こんな蔵馬を知っても、彼女は同じように笑って恋できるのだろうか。

そんな事を考え、声を潜めて笑った。

南野 秀一 / 悠久に馳せる想い

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11.01.23