054.もう何一つ残ってない、僕の手にはもう何も
エースが解き放たれて、もう大丈夫だと安堵した。
ルフィとエースが息を合わせて海兵を倒していく。
大丈夫、もう逃げられる―――これからきっと、今までのように楽しく海を渡れる。
自然と笑顔が零れた。
それなのに。
「エースッ!!!」
ごめんなんて言葉、聞きたくない。
マグマによって焼かれた腹部からは、今尚新しい血が溢れ出ている。
腕の中で失われていく命。
エースの辿る未来などわかり切っているけれど、その世の理に逆らいたいと思ってしまう。
「――――」
「起きろ!!」
鋭い声が聞こえて、パチッと目を開く。
視線の先にある天井は、見慣れたものだ。
二・三度瞬きをして、ここが自室なのだと理解した。
丁度その時、視界の中にエースの顔が入り込む。
「大丈夫か?かなり魘されてたぞ」
「エー、ス」
自分を案じるその顔に、苦痛の色はない。
身体を起こし、ペタリ、とその頬に触れた。
その手を首、胸、腹部へと順に触れさせる。
そこには血に濡れていない、鍛えられた身体があるだけだ。
「エース…ッ」
縋るように抱き付く彼女に、エースは訳が分からない様子だった。
けれど、自らのすべき事は理解している。
恐らく彼女を怯えさせているのは自分自身―――だが、彼女を安心させられるのもまた、自分だけだ。
エースはただ、震える身体を抱き締めた。
「大丈夫だ。お前が見たのは夢…こっちが現実だろ?」
頷く彼女。
剥き出しの胸の上を、熱い涙が伝っていく。
力強い腕に抱きしめられながら、あの夢の事を思い出す。
ゾッとするほどに現実味のある夢だった。
もし、あれが現実になったとしたら…自分はどうするだろう。
エースを失って、この手の中には何が残るのだろうか。
「エース…」
「ん?」
死なないで、なんて言えない。
何も言えない代わりにただ、彼の名前を紡ぎ続けた。
どうか、この願いが欠片でも届けばいいと―――
ポートガス・D・エース / Black Cat