046.溺れた魚のように、僕は必死に呼吸をする

彼女は戦争が何たるかを知っていた。
けれど、それは文献による知識で、理解ではなかった。
傷つき、倒れていく人々。
共に笑いあった仲間が、無言で帰還する。
そんな生活の中、彼女は弱音を吐くことなく、常に背筋を伸ばして前を向いていた。
城に残る立場であれば、仲間が安心する笑顔で出迎える。
共に出陣すれば、最後の一滴の魔力すら使い果たす勢いで、仲間を援護した。
その細い背にどれほどの覚悟を背負っているのか。
そう思ったのはきっと、僕だけじゃないだろう。

けれど恐らく、その彼女が夜―――独り、静かに涙を流しているのだと知っているのは、僕だけだろう。





「またここに来てる」

薄着のままテラスにたたずむ背中を見つけ、そう声をかける。
驚いた様子がないのは、僕がここに来ると知っていたからだろうか。
もう何度、こうして二人で夜を過ごしただろう。
例えられない責任、哀しい結果。
全てが重くのしかかり、立っていられなくなる。

「…あなたも、ね」

少し震える声。
彼女は振り向くことなく、腕を動かした。
きっと、涙を拭っているのだろう。
僕は何も言わず、持ってきたストールを彼女の肩にかけ、それごとその細い身体を抱きしめる。
彼女からの拒絶はなく、ほんの少し寄りかかるように動く身体。

彼女の目に映るのは、闇に包まれた今日の戦場。
そこに、彼女は何を見ているのだろうか。

「…もう少し」
「…ええ」
「もう少しだから…頑張ろう」
「…そうね」

彼女を支えているようで、実は僕が支えられている。
涙を流す彼女は、きっと僕の分も泣いてくれているのだろう。
僕には、彼女のように素直に泣く事なんて出来ないから。
そんな彼女を支える事で、自分自身を保っている。

「大丈夫。あなたなら、きっと出来るわ」

重ねられた体温に励まされ、今日もまた、昨日を乗り越えていく。

1主 / 水面にたゆたう波紋

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10.12.24