042.細い細い蜘蛛の糸に絡め取られて、動けなくなる

「元気がないね。どうかした?」

上の空だよ、と言われ、初めて自分がそういう状態だったのだと気付く。
彼の言葉に苦笑し、何でもないの、と答えて視線を逃がす。
何気なく視線を向けた先には、先ほどまで見るともなく見つめていた蜘蛛の巣があった。
綺麗なレースのように編み込まれたそれの上で、必死にもがく蝶。
あの蝶の行く末は、既に決まっている。

「綺麗だね」
「!」
「あ、少しだけオーラが乱れた」

突然の背後からの声。
油断していたわけではないけれど―――いや、油断していたことになるのか。
とにかく、驚いた彼女はその身に纏うオーラを乱した。
クスクスと笑うシャルナークには、全てお見通しなのかもしれない。

「…無様ね…。どうなるかなんて…決まっているのに」
「そう?俺は別にいいと思うよ?いつだって格好良く生きなきゃいけないなんて決まりはないし。もしかしたら、幸運が重なって自由を得られるかもしれない。無様だろうとなんだろうと、生き残った方が勝ちなんだよ」

蜘蛛の巣の上で音のない抵抗を続ける蝶を見つめ、シャルナークがそう言った。
彼がそう言うことが少し意外で、その横顔を見つめてみる。
あぁ、と気付いた。
そう言えば、幻影旅団のメンバーの殆どが、平和ではない幼少期を送ってきていると聞いたことがある。
明日どころか一時間後の自分の未来にすら希望を持てない生活の中、それでも諦めることなくもがき、日々を生き抜いてきたのだろう。

「…君は、どう思う?」
「何が?」
「潔く諦めるか…最期まで、もがき続けるか…どっちが正しい?」
「………諦めたって、もがき続けたって…結果は同じでしょう?」

何となく、彼が“蜘蛛”に囚われる自分の事を言っているのだと悟る。
そう答える彼女に、彼は「それもそうだね」と笑った。

「団長は、逃げ道なんて用意してないもんね。死ぬことさえも」

彼女が自害すると言う道はあった。
しかし、その道は既に、同胞の生き残りの存在を教えられたことにより、抹消されている。
能力的に劣る彼女では、逃げ出すことも出来ない。
ここで生きる以外の道など、初めから存在していないようなものだ。

「受け入れれば楽になるから」
「………」
「ま、そんな急には無理だってわかってるけどね。オーラ、消しちゃ駄目だよ」

ちょっと席を外すね、と彼が部屋を出ていく。
立てつけの悪いドアを無理に閉じた所為で、ガタン、と部屋の壁が揺れた。
その振動が蜘蛛の巣へと伝わり、タイミングよく翅を動かした蝶が自由になる。
ふらり、ふらりと危うい飛び方ながらも、蝶は開けっ放しの窓から外の世界へと飛んで行った。

「…受け入れる、か…」

受け入れたら、この息苦しさから解放される?

誰もいない部屋の中、そっと瞼を伏せた。

シャルナーク / Ice doll

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10.12.16