035.貴方のその言葉に、私の呼吸は止まりそうになる

―――あら…じゃあ、毎日蕩けるような言葉をもらっているのかしら?幸せね。

男を癒すのが仕事の女性からの、ささやかな意地悪だったのだと、気付いている。
けれど、引っかかってしまったものは仕方ない。





「だって…言葉なんて」

もらってないんだもん。
自分が惨めな気がして、口に出せなかった。

酒場から帰った彼女は、甲板の縁に座り、足を揺らして暗い水平線を眺めていた。
拗ねているわけじゃない、と言い訳のように心の中で呟くけれど、その背中はどう見ても拗ねている。
ここに仲間がいれば、間違いなくそう言っただろう。

「もう帰ったのか?」

随分早いな、と言う声が耳元で聞こえ、ぶわっと尾が膨らんだ。
それによって初めて、尻尾が出てしまっていたのだと気付く。
落ち着け、と前に回した尾を撫でると、後ろから堪えたような笑い声が聞こえてきた。

「ローさん!急に話しかけないで!」

落ちたらどうするんですか、と暗い水面を指差す。
確かに、この状況で彼女が海に落ちても、助けに行く人間がいない。
彼女自身はもちろんのこと、ローもまた、能力者だからだ。
まったくもう、と肩を怒らせ、漸く毛並が落ち着いた尻尾を消す。
そんな彼女の様子が面白かったのか、ローは楽しげに口角を持ち上げて彼女の頭を撫でた。
その手にうっとりと目を細めた彼女だが、ハッと我に返る。
そこで、漸く先ほど考えていたことを思い出したのだ。
ここで忘れてはいけないのは、彼女はルフィの幼馴染だと言うこと。

「ローさん!」
「ん?」
「好きって言ってほしい!」

ひねりも何もなく、直球勝負だ。
きょとんと瞬きをするロー。
何てレアな表情だろうか。
しかし、そこは年上の余裕だろうか。
彼はすぐに表情を戻し、よしよしと彼女の頭を撫でる。
誤魔化され、流されそうになる彼女だが、今日ばかりは頑張った。
そうじゃなくて、と彼の手を頭から離す。
このまま自由にしてもらっていると、確実に流されてしまうと感じた。

「ローさんってば」
「お前は?」
「え?」
「お前も、滅多に言わないだろ」

彼女は言葉にするよりも態度で示すタイプの人間だ。
その感情は全身から伝わってきているけれど、それでも言葉にしていないのは彼女も同じ。
ローの言いたいことに気付いたのか、彼女は頬を赤くして困ったように視線を逃がす。

「………大好き、デス」

目元まで赤くして、それでも何とかローを見て紡がれた言葉。
その健気な様子に免じて、カタコトだったところは追及しないことにしよう。
ローは振り向いていた彼女の顎を水平線の方へと戻す。
そして、背中からその細い身体を抱きしめた。
顎を撫でるように手を動かせば、チリン、と鈴が鳴る。
背後から耳元に唇を寄せると、吐息がかかるのか彼女はくすぐったそうに身を捩った。

「俺も、愛してる」

彼女の呼吸が止まる。





「あの程度で酸欠になるほど呼吸を忘れるのは人としてどうなんだ?」
「…うー…」
「慣れるまで何度でも言ってやろうか?」
「いいいい、いいです!もう十分!!」
「…だろうな」

トラファルガー・ロー / Black Cat

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10.12.06