033.僕は乾いた砂に身を打たれながら、歩き続ける
―――ごめんなさい…。
そう言い残した、去り際の彼女の顔が頭から離れない。
傷ついて、哀しんで―――彼女がそれらの感情を隠そうと、背中で拳を握った事に気付いていた。
全てを押し隠した、絞り出したような笑顔。
残ったのは、例えようもない罪悪感だけだった。
「お頭さん?飲まないの?」
ワインボトルを手に艶やかにほほ笑む女性。
彼女がひと時の感情を忘れてくれればと、この女性を使ってしまった。
グラスに半分ほど残ったワイン。
注ぎ足そうとする女性のワインボトルからグラスを引き、グイッと残りを呷る。
高級なワインは、まるで砂を飲んでいるようだった。
「随分と美味しそうに飲むのねぇ」
女性が苦笑いを浮かべて皮肉を言った。
そして、自分のグラスにワインを注ぎ、静かに傾ける。
「追いかけないの?」
「…意味がねぇだろ」
「………男ってのは馬鹿よねぇ。そんな顔をして、“何でもありません”って言うつもり?」
後悔だらけよ、と女性は笑った。
「でも、女も馬鹿なの。恋する女は馬鹿よ。たとえ相手が大人だろうと子供だろうと、犯罪者だろうと正義の味方だろうと…惚れたら、何も関係ない。自分自身をただひたすら磨き続ける。ただひたすら、その人を想って、恋して、愛して―――“いつか”を夢見る」
「――――」
「あなたに、その夢を奪う権利があるの?」
頭から冷や水を引っ掛けられたような感覚だった。
自分は、彼女に何をした―――?
「あの子自身があなたがいいと言うなら、信じておやりよ。少女だろうと、女は“女”なのよ」
さっさとお行き、と椅子を蹴られる。
ガタンと揺れて否応なしに踏鞴を踏まされたシャンクスは、酒代も置かずに走り出した。
「まったく…手のかかるお頭さんだこと。イイ男だったけど…他人の男には手を出さない主義なのよ、あたしは」
シャンクスの前で泣くなんて、出来るはずがない。
バーを飛び出して当てもなく走った彼女は、路地裏で壁に背を預け、唇を噛んだ。
必死で耐えた涙が後から後から溢れ出して、呼吸が引き攣る。
初めから、望みのない恋だと知っていた。
けれど、諦められなかった。
彼は大人で、自分は子供。
どう足掻いても埋められない亀裂が二人の間に横たわっている。
それはまるで、果てのない砂漠を独りで歩くようだった。
「シャン、クス…ッ」
諦められない、諦めたくない。
けれど…もう、駄目なのかもしれない。
その日初めて、自分の限界を感じた。
シャンクス / Black Cat