028.春の夜の夢のような、遠く懐かしい記憶
久し振りに帰った地元の道は、やはり様変わりしていた。
あの頃は馴染だった通学路も、今となっては風景が随分変わってしまっている。
「あ」
「何?」
「あの看板なくなってる」
彼女が指差した方を見た翼は、本当だね、と頷く。
中学の頃、幾度となく横を通っていた看板が、消えていた。
随分錆びていたし、既に潰れた店の看板だったから撤去されていても不思議ではない。
けれどやはり、寂しさを感じた。
「あー!!日本代表の椎名選手だー!!」
「うわぁ、本物!?」
ふと公園に差し掛かった時、広い芝生のところで遊んでいたサッカー少年が、翼の存在に気付いた。
休日と言う事もありマスコミ対策でかけていたサングラスは、殆ど意味をなしていなかったらしい。
わらわらと集まったその数、およそ10人。
一緒になって囲まれてしまった彼女は、自分以上に詰め寄られている翼にクスクスと笑う。
「お前ら押すなって!わかった、わかったから!!」
好き勝手に声を上げる子供たち。
昔の彼だったなら、きっとぷつんとキレて得意のマシンガントークを始めていただろう。
それを冷静に対処できるようになったあたり、彼もまた、成長していると言うことだ。
「ね、遊んでー!!」
「遊んでって…俺は忙しいんだけど」
「ちょっとでもいいから!!」
「お願いー!!」
子供には忙しいなんて言う言い訳は通用しない。
ありとあらゆる方向からのお願いコールは、やがて一つになった。
素晴らしい団結力だと、彼女は笑う。
はぁ、と吐き出された溜め息は、翼が折れた証拠だ。
良いよと告げれば彼らは翼を引っ張って芝生の方へと駆けていく。
「サッカーしようよ!」
「椎名選手対俺たちな!!」
「いや、出来なくはないけど人数違い過ぎ」
そう笑った翼が、彼女を振り向く。
「んじゃ、俺のチームは俺とこいつね」
「それならいいよ!!」
「それより姉ちゃんサッカー出来るのー?」
引っ張り込まれた彼女は、スカートを選ばなかった自分を褒める。
背中に流していた髪をヘアゴムで結い上げ、子供たちと目線を合わせた。
「それは始まってからのお楽しみ。ね?」
ばいばーい、と見えなくなるまで手を振る彼ら。
夕暮れの中、最後の一人を見送った二人は、顔を見合わせて小さく笑う。
「久し振りに楽しかったね」
「そうだね。あいつら、技術は全然だけど…サッカーを楽しんでた」
きっとそれは、何よりも大切なことだ。
技術は後からつければいい。
何よりも大切なのは、サッカーが好きだと言う情熱と、そして弛まぬ努力。
昔、それを教えてくれた小さな選手がいた。
「約束の時間、間に合うかしら」
「バイクで飛ばせばすぐだよ」
「そうね。じゃあ、早く帰って支度しないと。皆で顔を合わせるのは1年ぶり?」
「たぶん、そのくらいなんじゃない?まぁ、何人かはテレビで活躍を聞いてるけどね」
かつての通学路を並んで歩く。
風景は変わっても、二人はあの頃のまま、同じ道を歩いていた。
椎名 翼 / 夢追いのガーネット