024.耐えられない苦しみなんかない、この胸の痛み以外は
「クロロ…もうこれ以上必要ないわ」
どんと積まれた服の山を見て、溜め息交じりにそう呟く。
多すぎると言えば、そうか?と首を傾げる彼。
「金のことなら気にする必要はないぞ」
「必要ないの」
一巡するのにひと月かかりそうなほどの量は、どう考えても必要ない。
クロロの太っ腹な発言により、彼の容姿に惹かれていた、道行く女性たちが、はぁ、と艶やかな溜め息を吐き出す。
こう言う男が自分の恋人だったなら―――そんな彼女らの心中が手に取るようにわかった。
「お前は欲がないな」
クロロはそう言って苦笑した。
そんな彼の言葉により、頭がスッと冷える。
「一体誰と比べているの?」
わかっている。
彼と言う人は良くも悪くも自身の欲望に忠実だ。
欲しいと思えば、奪ってでも手に入れる。
私もまた、彼のコレクションの一つなのだから。
理解しているはずだったのに―――彼が過去、戯れに触れた女性がいると言う現実が、酷く不快だった。
「生憎だが、誰かと比べたつもりはないな。俺の感覚で話しているだけだ」
「………その感覚は少しずれていると知っておくべきだと思うわ」
無理でしょうけれど、と呟き、ソファーから立ち上がる。
このまま店に居座れば、山をもう一つくらい築きそうだ。
上機嫌の店長が、もうよろしいので?と満面の笑顔を浮かべる。
買わないと言っても無駄だろうから、素直に頷いた。
「女に何かを買うのはこれが初めてだな」
「…は?」
「今までの女はその辺で盗ってきたものを渡していた」
その方が手軽だろう。
こともなげにそう告げる彼に、開いた口がふさがらない。
「…なら、何で…」
「今回は買うのか?」
私の質問の意味を理解し、問いかける彼に頷く。
もちろん、盗ってほしいわけではない。
何故、今回は盗らずに金を使おうと思ったのかが知りたかった。
「お前は盗ったものだと知れば不快に思うだろう?」
もしかすると、彼には私の心の内などお見通しなのかもしれない。
そう思わせるには十分な、不敵な笑顔だ。
商品を包むよう指示を出す店長に、クロロが一枚のカードを差し出す。
「商品は帝都ホテルに届けてくれ。受付に話を通しておく」
「畏まりました!」
きっちり90度で頭を下げる店主から視線を外し、行くぞ、と私の手を取る彼。
当たり前のようなエスコートさえ様になる彼が、まさか世を恐れさせる幻影旅団の団長だとは誰も思うまい。
盗みやらと言う物騒な言葉は、店主の脳内には蓄積されなかったようだ。
「クロロ」
「ん?」
「…ありがとう」
「どうと言う事はないさ。だが、女性はやはり素直であるべきだな」
そう微笑む彼に、胸のつかえが消えるのを感じた。
クロロ=ルシルフル / Ice doll