011.するするとこの手から抜け落ちて、私は何も掴めなくなる

外の世界が見たいと言った彼女を連れ出すだけの勇気があれば、未来は変わっていたのだろうか。

柔らかな日差しが瞼の奥を刺激し、緩やかに覚醒する。
チュン、と小鳥が一声上げ、空へと羽ばたくのが見えた。
ゆっくりと起こした身体が、悲鳴を上げる。
昨日、夜遅くまでトレーニングを続け、少し無理をしてしまった所為だ。
休息は大事だと言われても、急く心は止められない。
指一つも動かせないほどに疲れなければ、眠っても夢が私を蝕む。

「おう、起きたのか―――って、またやりやがったな」

師匠の声が聞こえ、振り向く。
私の顔を一目見た師匠は、その表情を険しくした。

「クラピカ、お前な…何度も言うが」
「“休まなければいずれ限界が来る。壊れてしまってからでは遅い”か。聞き飽きた」
「………わかってるなら」
「これは私の問題だ」

それ以上の問答は無意味だと示すように、師匠に背を向ける。
溜め息が聞こえたけれど、彼は何も言わなかった。

「今のお前がいくら急いたところで、過去は何も変わらん」
「だが、のんびりしていれば掴めるものも掴めなくなる!!」

図星だから、頭に血が上った。
私の中の冷静な部分がそう分析したが、今の私には無意味だ。
私は多くの者を失った。
彼女を失えば、私は全てを失ってしまう。

「アイス・ドールの歴史は読んだんだろう。ちゃんと理解したか?」
「当然だ。彼女が何を憂い、悲しんでいたのかを理解した。だからこそ、私は行かなければならない。こんなところで足踏みしている時間はない…!!」

握り締めた手の平が痛い。
トレーニング中の傷が開いたのかもしれない。
けれど、そんな痛みは痛みの内に入らなかった。
本当ならば、すぐにでもこの山を下りて彼女を探したい。

「…やっぱりお前はわかっていないな」
「―――っ」
「知ってるか?理解したと叫ぶ奴ほど、本当のところを理解してないものなんだぜ」

思わず掴んだ岩を思い切り投げる。
一般人であれば骨折では済まなかっただろう。
けれど、師匠はあっさりとそれを片手で弾き、踵を返した。
ひらり、と手を振る姿が憎らしい。

「今日の修行は午後から始める。それまでは身体を休めるんだな」
「師匠!!」
「勝手にトレーニングしたら、午後の修行はなしだ。山を下りるのが一日遅くなるな」

言うことだけを言って立ち去った師匠。
気配が消え、私は苛立ちをぶつけるように木を殴った。
太い幹が砕け、葉を生い茂らせる木が大きな音を立てて倒れていく。

「彼女だけは…失うわけにはいかないんだ…!」

静けさを取り戻した木々の中、切実さを噛んだ声が響く。

クラピカ / Ice doll

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10.10.22