003.どれだけ手を伸ばしても、君には届かなくて

手が冷たいそれに触れ、目覚めた。
全力で走っていた後のような息切れ。
本当に走っていたわけでもないのに乱れた髪が額へと流れ落ちた。
それを乱暴に掻き揚げながら呼吸を整える。
冷たい壁に触れたはずの手は、汗に濡れている以外はいつもと何一つ変わりはなかった。
けれど、あの、全てを拒むような冷たい感触が、夢とは思えないほど鮮明に残っている。

「いっそ…狂ってしまった方が楽になれる…?」

自然と流れ落ちた涙が、白いシーツにポタリと落ちた。
こんな夜に独りのベッドは寒すぎる。





カラン、と氷が乾いた音を立てるグラス。
少し濡れたそれは、ひんやりと冷たい。
その冷たさを指先に感じた彼女は、ふと数年前のことを思い出した。
息子もまだ生まれておらず、XANXUSがいないことに心が悲鳴を上げていた頃の話。
声に出して泣き叫んでいる余裕も時間もなかった。
彼女の周囲にはいつも部下の誰かがいて、気を抜ける状況ではなかったと言える。
夜、自室に戻った時だけが一人になれる時間だった。
しかし、それは孤独を感じさせ、治ろうとする傷口がジワリと抉られる時間。

「酒がまずいか?」

グラスを揺らしたまま、飲もうとしない彼女を見かねたのだろう。
隣に座っていたXANXUSが静かに口を開いた。
グラスどころかボトルを手にしている彼の足元には、既に空のボトルが3つ。
そろそろ止めなければ、と彼女は手にしていたグラスをテーブルに置いた。

「今日はあまり飲みたい気分ではないみたいですね」

彼女の答えに返事はない。
向こうに視線を向けた彼との距離は、子供一人も座れないほど。
まるで引き寄せられるように、彼女は手を伸ばした。
白い手がXANXUSの上着の腕に触れる。

「狂ってしまえばいいと…そう、思ったんです」

その方が楽になれるのかもしれないと、本気でそう考えたこともある。
XANXUSの赤い眼差しが、彼女に向けられた。
彼女の手が頬に触れても、彼は無言で視線を向けるだけ。
それだけで、彼女には十分だった。
氷漬けの彼は、その視線すら動かせない状況だったのだから。

「XANXUS様―――」

身体ごとその距離を詰めて、彼の首筋に腕を絡める。
彼女がこんな風に積極的に絡んでくることは、殆どないと言っても間違いではない。
珍しいこともあるものだ、とXANXUSが口角を持ち上げた。

「―――甘やかしてやろうか?」

耳に直接囁かれる低い声に、ぞくりと背筋が粟立つ。
小さく頷く行動を酒の所為にした。

いつもよりほんの少し優しい口付けを受けながら、重なる身体の体温を感じて、そっと瞼を伏せた。

XANXUS / Bloody rose

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10.10.18