002.緩やかな流れの中に、どうして私はあなたを置いてきてしまったのだろう
いずれ、偉大なる航路のどこかで再会を果たす。
その日が来ることを、楽しみにしていた。
ルフィと共に会いに行くと言った彼女の夢が、まさか無残に手折られるとは思わなかったから。
「…ごめん、な」
隣に眠る少女の寝顔は、時折悲しげに涙を伝わせる。
彼女が声を上げて泣くことは殆どない。
ただ、子供らしくなく唇を結び、涙を流す。
笑顔を取り戻した今も、彼女は夢の中で苦しんでいるのだ。
幸せに笑っていると思っていた。
ルフィと同じように強くなって、共に海に出て。
多くの出会いと別れを経験し、様々な軌跡を築いたその後に。
誇らしく背筋を伸ばして、成長した姿を見せるのだろうと―――そんな未来を想像するのは、とても楽しい時間だった。
それがあり得ない未来だったのだと気付いた時の、絶望。
ごめんといくら悔いたところで、過ぎた日々は戻らない。
この傷は、いつ癒えるだろうか。
くん、と服の袖が引っ張られた。
何かに引っ掛けてしまっただろうかと視線を落とすと、少し眠そうな金の目がシャンクスを見上げていた。
部屋が暗い所為なのか、瞳孔が開いている。
「シャンクスは―――」
起きたのか、と言う前に、彼女が口を開いた。
「謝ってばっかりだね」
「…そうか?それは悪かった」
「私、もう大丈夫なのに」
ふぅ、と小さく息を吐き出す彼女。
ゆっくりと身体を起こした彼女は、そのままシャンクスに手を伸ばした。
寝起きのあたたかい手が、シャンクスの頬に触れる。
「夢の中では…時々、思い出してしまうの。まるで、忘れるなと言うみたいに…警告みたいに」
告げられた事実に、彼の表情が歪む。
だけど、と彼女は続けた。
「思い出したら悲しいし、苦しいと感じることもある。だけど、これからはシャンクスや皆が一緒にいてくれる。だから、私は大丈夫」
全てを忘れて、上書きされているから大丈夫と言うのではなく。
彼女は、支えてくれる、一緒にいてくれる人がいるから大丈夫なのだと言った。
「俺は…お前とは、あの島で笑って成長して…いずれ、ルフィと一緒に、再会したかった」
「うん。知ってる。シャンクスがそう願ってくれていたこと…皆から、聞いた。いつも、楽しみにしてくれていたって」
「…こんな風になるってわかってたら、あの時に連れてきてやればよかった」
ずっと思っていた、シャンクスの後悔。
口にしたのはこれが初めてだ。
「シャンクスの気持ちも、ちゃんとわかってるつもり。だから、あの時連れて行ってくれなかったからとか、そんな風に思ったことは一度もないよ」
眠気などどこかに消え失せてしまっていた。
真っ直ぐな眼差しがシャンクスを射抜く。
「それでも納得できないって言うなら…一つだけ、お願いがあるの」
「お願い、か?」
「うん。起きるまで一緒にいてほしい」
一人で目覚めるには、この部屋は広すぎるから。
彼女にそう言われ、初めて気づいた。
まだ慣れないこの船の一室は、彼女に不安を与えていたのかもしれない。
もしかしたら勘の良いベックマンなどは気付いていたかもしれないけれど…あいにく、シャンクスはそう言う細かいことには疎い。
シャンクスは自分を反省し、そして改めて彼女を見た。
彼女がやりなおすチャンスを与えてくれているのだとすれば…自分がすべきことは一つ。
「よーし!じゃあ、一緒に寝るか?」
「うん!」
満面の笑顔に、後悔が一つ、昇華された気がした。
「どうしたよ、お頭」
「いや…最近になってアイツが自分の部屋で寝るって言いだしたからな…ちょっと気になっただけだ。無理してる風でもなさそうだから、気にする必要はなさそうなんだがな」
「………年頃の女だからな」
「ああ、そうか。いつまでもこんなオヤジと一緒には寝たくねぇよな!」
「いや、そういう意味じゃないんだが」
「ん?」
「………まぁ、そのうちわかるだろ」
「それにしても…あの体温に慣れたせいで、一人寝のベッドが寒いのなんのって!慣れって怖ェなぁ」
「…あんた、その意味を理解してんのか?」
「意味?」
「……………いや、いいんだ。気にするな、お頭」
頑張れ、敵は手強いぞ。
この場にはいない彼女に小さなエールを送る。
「シャンクスが気にしてる?…いつまでも頼ってちゃ駄目だと思って自室で寝ることにしたんだけど」
「…それだけか?」
「んー…あと、落ち着くんだけど落ち着かなくて、寝難いから」
「………お前も無自覚か」
「??」
シャンクス / Black Cat