096.伝説

じっと見つめる視線に気付き、どうしたものかと悩む。
別にその視線が迷惑だと言うわけではないけれど―――見つめられれば気にするのは人としての性分だろう。
ブラッシング中のサンダースも、どこか居心地が悪そうだ。

「レッド、言いたいことがあるなら、口にしてほしいんだけど」

ブラシを止め、はぁ、と溜め息をついて心を落ち着けてから、そう声をかける。

「目は口ほどに物を言うって言うけれど、実際に理解するのは難しいんだからね」
「…そうか?」
「…そうじゃないの?」
「言うほど難しいとは思わない」

淡々と答える彼に、軽く目を見開く。
彼の言葉数の少なさはそれが原因か!?何となく、そう感じた。

「もしかして、人の考えが…わかる方?」
「ポケモンで慣れているからな」

そう言った彼の膝の上にはピカチュウ。
レッドの肩が定位置になっている彼は、ボールの中が嫌いなんだそうだ。
前に、レッドから聞いた。
それにしても―――

「レッドの中ではポケモンが基準なのね」

今さらだけど、と呟く。
ポケモンに慣れているから、人の感情が読める。
確かに、共通の言語を持たない彼らを理解するのは、人と分かり合うよりも難しいかもしれない。
それに慣れている彼ならば、あり得ない話ではないと思った。

「だが、お前の感情は読みにくい」
「そう?結構表に出てると思うけど」
「…こんな風に長い時間を過ごす人間はいなかったから…少し、勝手が違うのかもしれない」

レッドの言葉に、そうなんだ?と頷く。
共有する時間が長ければそれだけ分かり合えると思うのだが…彼の場合は、違うと言う事なのか。

「新たな一面ばかりが見えてきて、終わりがない」
「…うん。それは何となくわかる気がする」

知れば知るほど、新しい一面が顔を出す。
人との繋がりに終わりはない。
なるほど―――深く付き合わない人間であれば、見えている一面を知って、それで終わり。
確かに、彼の言う事は筋が通っていた。

「知ってる?レッドって、伝説になってるのよ」
「…伝説?」
「カントーリーグ、真のチャンピオン。誰もが羨む称号を手にしていながら、姿を消した人」

人々は、そこに様々な憶測を立てた。
そして、噂は成長し、伝説を生む。

「グリーンは笑ってたわ。そんな奴じゃない、会えばわかるよって。…本当に、その通りだね」
「そうなのか?」
「うん。あなたは…伝説じゃない。だって、すごく人間らしいから。ただ、伝説級のポケモンバカとは言えるかもしれないけど」

寝ても覚めてもポケモン一色の頭の中に、他の人間はどれだけいるのだろう。
時々、そんなことを考える。

「あ、レッド。あれがシンオウだよ。もうすぐ港に着くんだね」

ふと、丸い窓の外を見た彼女が、水平線を指差した。
そこに陸地が見える。

あれが、シンオウ。
新たなポケモンと出会える場所。

彼女の後ろから島を見たレッドは帽子のつばを下げた。
その口元に笑みが浮かんでいることを知っているのは、膝の上のピカチュウだけだ。

【 096.伝説 】  レッド / 流離のトレーナー

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10.10.09