093.唯一

彼の傍にいるだけで、私の中の紋章は穏やかだ。
逆に言えば、彼の傍を離れれば、途端に不機嫌になる。
そう感じるだけで実際は違うのかもしれないけれど、一定期間を超えると反抗とばかりに命を脅かすのだから、ある意味では間違ってはいないのだろう。

「俺の方も、君が傍にいないと不機嫌になるよ。紋章術がいつもより大雑把になって、それでも放っておくと、刺すみたいに痛み出す」

まるで生きているみたいだよね、と彼は笑っていた。
そしてその後、真剣な表情で言う。

「でも、離れすぎると命が危うくなるのは本当みたいだから―――きっと大丈夫、なんて過信は禁物だよ」
「ええ、そうね」

わかっている、と頷く。

「制限がかかって大変だとは思うけど、唯一の手段だから。全部終わったら、別の方法を探そう」
「いいえ、大丈夫。元々ないはずだった命だから…唯一の手段と言うよりは、唯一の希望だと思っているわ」
「本当に?」
「だって…私は、こんな風に青空の下を思う存分歩くことは出来ないと思っていたから」

疲れる、と言う体験は、こちらに来てからのものだ。
身体に負荷をかけないように、ただそれだけを考えて生きていたから。
あの状態を、本当に「生きている」と言えたのだろうか。
少なくとも、今の方が遥かに「生きている」と感じる。

「でも、あなたには迷惑よね。他人の命を背負わなければならなくて…申し訳なく思うわ」

彼の命令ひとつで何千と言う命が左右されるのだ。
今更かもしれないと思いつつ、私はそれを詫びた。
けれど、彼はゆるりと頭を振る。

「命一つの重みは同じだけど…でも、僕にとっては違う。君の命は―――」
「………」
「この鼓動を大切だと思う気持ちは、ソウル・イーターにも負けないつもりだから」

私の手を取り、手の平に口付ける彼。
彼の気持ちも、自分の想いも―――知らない振りなんてできない。
けれど、私も彼も、今は口にしないと決めている。
今はその時ではないから。

「行きましょう。皆が待っているわ」
「ああ、そうだね」

今の私にできることは、少しでも長く彼の傍らに寄り添う事。
彼を支え、この悲しい戦いに終止符を打つことだ。

そう決意を改め、前を向いて歩いていく。

【 093.唯一 】  1主 / 水面にたゆたう波紋

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10.09.29