092.綺麗
玲姉さんとの付き合いは長い。
でも、姉さんのこんな表情は初めてだ。
いつも不敵に微笑んでいて、強くて優しい彼女。
そんな彼女が、女性としての幸せを腕いっぱいに抱く瞬間。
表現するには、どんな言葉も足りない気がした。
はにかむように微笑んだ兄さんの表情も、いつもとは少し違う。
私に向ける笑顔はいつだって優しいけれど、違うのだ。
愛しい人だけに向けられる表情。
いつもの二人とは少し違う気がして、不思議な感じだった。
胸があたたかくて、それなのにぎゅっと締め付けられるような切なさも感じて。
理由もなく、涙が溢れそうになる。
感動した。
幸せな二人を見て、感動した―――これ以外の言葉は見つからなかった。
「本人でもないのに泣き過ぎ」
「だってぇ…」
真っ白なハンカチで目元を押さえる彼女は、未だに涙が止まらない様子だ。
悲しみの涙ではないのだから気にしなくてもいいはずなのに、彼女の涙はやはり落ち着かない。
視線を彷徨わせた翼は、やがて諦めるように息を吐く。
そして、涙が止まらない彼女の頭を引き寄せ、自分の肩に押し付けた。
「つ、ばさ?」
「玲たちが心配するよ」
「…うん」
そうなんだけど、と彼女が小さく笑った。
恐らく、この行動が自分を見かねてのものだと気付いたのだろう。
クスクスと笑いながらも、彼女は目元を濡らしている。
「すごく綺麗だったね、姉さん」
「…まぁ、いつもとは比べきれないよね」
「もう。こういう時は素直に褒めればいいの!」
拗ねたらしい彼女が、翼の手の甲を抓る。
そんなに強い力ではなかったし、痛みもないので好きにさせておいた。
「はい」
落ち着いたらしい彼女が身体を離すのを見届け、思い出したそれを彼女に手渡す。
赤い目できょとんとブーケを見下ろす彼女。
「これ…」
「花嫁の希望でブーケトスはなし。代わりに手渡しで確かに届けろって言われたんだよね」
玲は「ブーケを受け取った幸運な誰か」ではなく、彼女を望んだ。
本人が良いと言うのだから、これは彼女が受け取るべきものなのだ。
「…次は任せた、ってさ」
「任せたって…バトンみたい」
「本当だよね。なんか、軽いって言うか…」
肩を竦めた翼は、彼女の左手を取った。
薬指に光る指輪はそう高価なものではない。
けれど、自分の覚悟の証を、彼女はいつでも肌身離さず身に着けてくれている。
「…玲姉さんみたいに、綺麗になれるかな…」
「当然」
「…うん。ありがとう」
そして、楽しみにしてる、と笑った彼女の目元に口付けた。
【 092.綺麗 】 椎名 翼 / 夢追いのガーネット