089.右手

「お前…か?」

突如現れた死神は、開口一番そう問いかけた。
ここが死後の世界、尸魂界と呼ばれる場所で、そこには死神がいて。
初めこそ驚いたけれど、自分が想像するような大きな鎌を持った骸骨ではなく、彼らは人型をしていた。
中には人間じゃない人もいると聞くけれど、あいにくそう言う人を見たことはない。
何となくイメージとして持っていた黒は、この世界の死神にも共通していたけれど。

「…死神に知り合いはいません」

死神とは関わっちゃいけない。
ここに流れ着いてからと言うもの、家族として迎え入れてくれた人が口を酸っぱくして何度も言いきかされていたこと。
彼らと死神の間に何があったのかは知らないけれど、恩人がそうしろと言うならば従うだけだ。
取り落としそうになった籠を抱え直したところで、死神の彼が動いた。

「右手の甲、十字の傷。一護の言った通りだな」

右腕を掴まれ、今度こそ籠を落としてしまった。
彼はじっと私の手―――刻まれた十字傷を見つめている。
その言葉を聞いた私は、既に抵抗をやめていた。

「一護を知っているの?」
「あぁ」
「そう」

一護が何の意味もなくこの傷のことを話すはずがない。
つまり、彼は私にとっても一護にとっても有害な人ではないと言う事。

「どちらさまですか?」
「あ、そっか。すまねぇ。俺は阿散井恋次。一護に頼まれてここに来た」
「…一護、死神だったんだ」

あの時の姿は、今でもはっきりと覚えている。
黒い着物に身を包み、大きな刀を持っていた彼。
特徴だけを捉えればそれは死神で間違いはないのだろう。

「それにしても…流石、っつーところか」
「…何?」

不躾な視線に軽く眉を寄せる。

「お前、死神になれよ」
「…は?」
「腹が減るんだろ?」
「…そんなの当たり前―――じゃないの?」
「腹が減るのは霊圧を持ってる奴だけだ。一緒に暮らしてる奴は食わねぇだろ」

確かに、恩人たちが食事をしているところを見たことはない。
好きな時に食べておいで、と言われていたから、それが普通なんだと思って考えもしなかった。

「ま、今すぐに返事をしろとは言わねぇよ。そうだな…一週間後、また来るから」

考えててくれ、と去って行った彼。
残された私は、地面に転がった果物を拾い上げてから近くの岩に腰掛ける。
降り注ぐ日差しから逃げるように、右手を陽にかざした。
目立たなくはなったけれど、今も手の甲に残る十字傷。
当然のことだけれど、現世のものは何一つ持ってこられなかった。
そんな私が、唯一失わなかったもの。

私が――― 一護と共に生きていたと言う、証。

彼は一護に頼まれたと言っていた。
つまり、生きている一護と会う機会があると言う事だ。
会えなくとも、連絡を取り合う手段を持っていると考えて間違いはない。
死神が何をするのかは知らないけれど―――

「死神になったら、またあなたに会えるの?」

ギュッと右手を握り、十字傷に口付ける。
唯一の証が、勇気をくれる気がした。

【 089.右手 】  黒崎 一護

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10.09.19