088.静寂

一護の姿を一目見て、それが彼だと理解した瞬間に、私の中の何かが壊れる音を聞いた。
身が捩り切れるような感覚が名残もなく消えた。
その先に、静寂。

理性はない。
あるのはただ、欲望に忠実な本能だけ。





次に意識が戻った時には、世界が横たわっていた。
違う、横たわっているのは―――私だ。
視界を掠めた指先に気付き、そっと視線を動かす。
そこには、苦しげな表情を浮かべる一護がいた。

「一…護…?」

私、どうして?
言葉が声にならなかったのは、痛いほどに抱きしめられたから。
いや、痛いくらいに強い抱擁のはずなのに…感触は、ない。

「…ごめん、な」

彼の視線が落ちる先、自分の胸元を見て、あぁ、と納得する。
痛覚がないからわからなかったけれど…一護の持つ刀が、私の胸元を貫いていた。
自分が自分でなくなるような、それでいて穏やかな感覚。
それを言葉として表現するならば、平穏と言う以外に合う言葉は見つからないと思った。
理に反してとどまる時間はもう終わり。
この世界に別れを言う時が来たのだと理解した。

「ありがと…ね」

私と言う魂を構築する何かが、崩れ始めている。
もう時間がないのだと悟り、一護に笑顔を向けた。
最期に残る表情は、笑顔でありたいと思ったから。
礼なんて…!そう言って歯を噛み締める彼。
自らの手で私に終止符を打つことが、どれほど彼を追い詰め、傷つけるのか。
それを理解しながらも、私は嬉しかった。
最期の時を彼の手で終えられること、彼を殺さずにすんだこと。
ただただ、安堵した。

今なら人魚姫の気持ちがよくわかる。
愛する人の幸せを願って死ねることは―――とても、幸せなことだ。

「一護…大好きだよ」
「!…馬鹿野郎、俺だって―――」

最後まで聞くことは出来なかったけれど、きっと、その言葉は私が考えている通りだろうから。
だから、私は笑って消えられる。
浮かべた笑みを最後に、私はこの世界を飛び立った。

【 088.静寂 】  黒崎 一護

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10.09.16