085.姫君
まさか、あの骸がこんな風になるなんて思わなかった。
正直、中身が変わったんじゃないかって思うくらいの変化。
未だにマフィアがどうだとか呟くことはあるけれど、基本的には無害な人になった。
あくまで、基本的にはと言うだけであり、私たちに有害な人間に対してはどこまでも非道になれるのだけれど。
「…あのね、骸?」
「どうしました?」
「……………なんだか、最近機嫌がいいのね」
穏やかに微笑みを返されては、顔が緩んでいるわよ、と言う事実すら告げにくい。
彼の腕の中には、彼が目に入れても痛くない我が子がいて…このシーンだけを見ていれば、かつて並盛の新しい秩序になろうとした姿など、ほんの少しも思い浮かべられなくなる。
「ええ、僕自身も驚くほどです」
「あなたがそんなにも喜ぶとは思わなかったんだけど…」
「僕も、あなたに似た子は可愛いだろうとは思っていましたけれど、さすがにここまでとは。予想外ですよ」
そう答える彼は、やはり笑顔。
でれっと崩れているというわけではなく、本当に、幸せそうな表情。
優しくて、穏やかで―――何故か、泣きたくなるような、そんな表情だと思った。
「やっと眠りましたね」
ずっと腕に抱いたままだった赤ん坊を柔らかいベッドに寝かせる。
その動き一つにさえ、彼の愛情が見える気がした。
そうして自由になって戻ってきた彼は、決まって私の元へとやってきて―――
「ありがとうございます」
こう、お礼を言う。
本当に…まさか、彼がこんな風に変わるなんて。
「少し妬けるわ」
「え?」
「あなたを変えたのは私だと思っていた。もちろんそれも間違いじゃないけれど…あの子は、私以上にあなたを変えたわ」
そう告げると、骸はぽかんとした表情で私を見つめる。
それから、嬉しそうに破顔して…かつてのように、私の前へと跪く。
そして、私の手を取った彼は、その手にそっと口付けた。
まるで、騎士の誓のようだと思う。
「僕にはあなただけですよ。あなたがいるから、あの子が愛しい。あの小さな身体の中に、あなたと僕の血が流れているのだと考えるだけで、こんなにも幸せだ」
「骸…」
「あなたに出会えてよかった。心から、そう思います」
何一つ偽ることなく、本心を紡ぐ彼。
彼を止められなかった過去があり、幾度となくそれに悩まされてきた。
すべてを憎む彼にどう伝えればいいのかわからなかった。
―――世界は、こんなにも優しく、美しいのだと。
すべてを憎み、そして諦めていた彼に、幸せを教えることができた。
もう、過去の自分を許してあげてもいいだろうか。
「私こそ…ありがとう」
微笑む私に、彼は手を握ったそれを解き、私の顎を取った。
息のかかる距離で額を合わせ、お互いにクスリと笑う。
距離が縮まり、そしてゼロになる―――
「あぅー」
「「………」」
声が、二人の動きを止める。
何ともいえない微妙な表情の骸に、私はくすくすと笑った。
「…あなたの姫が起きたみたいよ?」
「…そのようですね」
「ほら、泣いてしまう前に行かないと」
悩んでいる彼。
ツナが見たら驚きそう、と考えたところで、ぐいと後頭部を引き寄せられた。
呼吸を奪うような深いキスは、短い間で終わる。
「いくら可愛くとも、優先順位はあなたが一番ですよ」
そう言い残し、頬に口付けてから赤ん坊の元へと向かう。
悩んだくせに、とは言わないでおいてあげよう。
【 085.姫君 】 六道 骸(+10) / 黒揚羽