081.回廊

広い中庭に沿って作られたここは、とても風通しの良い場所だ。
こつり。
歩くと返って来る石畳の感覚も、何となく心地良い。
ふわり、と中庭からの風が黒髪を踊らせた。
何かに呼ばれた気がして、髪を耳にかけるついでに風の吹いてきた方に視線を向ける。
中庭には生徒の姿もなく、昼間だと言うのにしんと静まっていた。
けれど、それが寂しいと感じないのは、真上から降り注ぐ優しい日差しのお蔭なのだろう。
ふと、中ほどにあるモルガナ像が目に入る。
少しだけ悩んでから、回廊を一歩出て中庭へと歩き出した。

「私を呼んだのはあなたですか?」

モルガナ像を見上げ、そう声を掛けてみる。
心中では、我ながら間抜けな行動だと思った。
いくら魔法院とは言え、相手は物言わぬどころか命を持たない石像だ。
物も言わずに命も持たないゴーレム、ショコラプーペと言う存在もあるにはあるが、それとは別物。
噂では選ばれた者だけがモルガナ像の声を聞けるとか、聞けないとか。

「…聞こえるわけがない、か」

別に信じているわけではないけれど、と苦笑する。

「ファタ・モルガナの声が聞きたかったの?」
「…いつもいつでも突然現れる人ね」

後ろから声が聞こえたかと思えば、首の横から伸びてきた手がぐいと身体を引き寄せる。
背中から抱き締められる状態だが、割とよくある事なのであまり気にしない。

「別に声が聞きたかったわけじゃないわ。ただ、何かに呼ばれた気がしただけ」
「へぇ…まぁ、君なら可能性は否定できないね」
「選ばれた者が、と言う噂?ありえないわよ」

私が『選ばれた者』であるはずがない。
いくらミルス・クレアの中で優秀であろうと、ありえないのだ。

「この人に選ばれなくていいから…彼らに選ばれるだけの力が欲しかった」

そうすれば、弟をあんな目に合わせる事もなかったのだ。
思い出しては痛む心は、未だに完治する事もない。

「ま、簡単に聞けたらノエルくんが卒倒するだろうからね。それもある意味では面白いけど」
「人の不幸を楽しむのは悪趣味よ。…今更だけれど」
「ほら、次は君も授業でしょ。遅れると先生が煩いよ」
「イヴァン先生は厳しいからね」

優しく腕を引かれ、中庭から廊下へと歩き出す。

―――時の娘よ、いずれそなたは救われる。

ふわりと吹いた風に乗り、そんな声が聞こえた。
手を引かれるままに歩きながら、モルガナ像を振り向く。
そこに佇む彼はやはり何の変哲もない石像だ。

「…ありがとう」

呟きが、風に消えた。

【 081.回廊 】  アルバロ / Tone of time

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10.08.05