076.物語

いつの日か、子供を授かる日が来たなら…この話を、夢物語として語ってあげたい。

いつだったか、彼女はふと、そんな事を呟いていた。
夢物語にするような、幸せな結末だったら良かったかもしれない。
けれど、現実は子供向けの物語のように優しくはなくて。
戦争と言う哀しい重みを誰よりも理解する彼女の言葉に、少しだけ違和感を覚えた。
そんな僕の考えに気付いたのか、彼女は苦笑を浮かべて自身の真意を語る。

「戦争は哀しいわ。とても、夢物語には似合わない。けれど…あなたとの出会いは、哀しい物語ではないでしょう?」

悪戯に微笑んだ彼女に、思わず呆気に取られたのを覚えている。
確かに、彼女は戦争の事を語るのだとは言わなかった。
けれど、まさか…僕との出会いを語りたいと、そう言ってくれるなんて。

「うん。じゃあ、その時は是非、僕も一緒に聞きたいな」
「あら、駄目よ。あなたが聞いていたら話せない事があるもの」
「僕なのに?」
「あなただから、よ」
「うーん…じゃあ、僕も君がいないところで色々と語る事にするよ」
「………まぁ、私が聞いていないところまで制限する理由はないから」
「顔はそう言ってないけどね」

ねぇ、彼女は気付いていたのかな?
あの時の会話は…戦争が終わっても僕たちが離れる事無く一緒にいるという前提の話だった。
それを疑うことすらなく、会話を続けてくれた彼女を、とても愛しいと思ったよ。





「ねぇ、お母様…」
「どうしたの?」
「あのね、お父様の話はとても素敵なんだけど………少しね、恥ずかしいの。聞いていると何だかむずむずするって言うか…」
「…………………あえて、内容は聞かないことにするわ。そうね…お父様とは私が話しておくわ。今日は私が物語を聞かせてあげる」
「わーい!お母様のお話は可愛くて優しくて大好きなの!」
「ふふ、ありがとう。さて…彼と話をしないと、ね。まったく…あの子が照れるような話をするなんて」

【 076.物語 】  1主 / 水面にたゆたう波紋

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10.07.29