065.彼方
「空が遠いわ」
唐突にそう言った私に、使い魔が反応する。
しかし、どう答えれば良いのかわからなかったらしい。
耳をピクリと動かした他に動きはなく、続きを待つような視線が私へと向けられている。
「本当に、この空の下に…あの人はいるのかしら」
太陽から逃げるように腕で影を作り、空を仰ぐ。
軽く澄んだ空気。
爽やかな風。
青い空。
全てが魔界とは異なっていて、十数年過ごした今でも違和感を拭い去る事ができない。
「あの人とまた会えると思う?」
「…きっと」
「随分と強く断言するのね。根拠は?」
「お二人は…目には見えぬ絆で結ばれていますから。運命、とでも言うのでしょうね」
照れる事もなくそう答える使い魔に、私の方が呆気に取られた。
運命なんて陳腐な言葉だと思う。
けれど―――それを否定しようと思わない自分がいることも、紛れもない事実だった。
「人間界は広いわ。いつになったら見つけられるのかしら」
「お二人は大丈夫ですよ。きっと、時が解決してくれます。私も微力ながらお手伝いいたしますので…」
「そうね。ありがとう」
期待しているわ、とその金の毛並みを撫でる。
「探しているから…あなたも、私を見つけて」
囁くような小さな声は、背後からの風によって掻き消された。
「―――」
「南野?どうかしたのか?」
「…いや…何でもない。気にしないでくれ」
吹く風に乗って、懐かしい香りが鼻先を掠めた気がした。
振り向いた先にはぽつぽつと生徒を吐き出す学校があるだけ。
向かってくる生徒の中にも、蔵馬の意識を引く人間はいない。
「…気のせいか…?いや…」
生まれてずっと、自分の半身が欠けているような感覚を持っていた。
この話を誰かに聞かせた事はない。
何が欠けているのかはわからないけれど、何かが足りないのだ。
「…会いたい、か…」
呟いた言葉は、とても自然な感情だった。
【 065.彼方 】 南野 秀一 / 悠久に馳せる想い