056.境界
幼馴染と言う繋がりは、他人よりも近い。
けれど、やはり兄弟ほどに彼を知っていると言うわけではなくて、兄のように理解できない事もある。
時折、知らない翼を垣間見ては、胸のあたりに鉛の重さを感じる。
いっそ、境界がないくらいにドロドロに溶け合ってしまいたいなんて…一度でも、そんな狂気染みた事を考えた自分が怖かった。
「馬鹿じゃないの?兄弟なんて冗談じゃないよ」
何がきっかけだったのか、胸の内を零した私に翼は呆れた表情でそう言った。
「俺は兄弟なんて望んでない。幼馴染ってだけじゃ家族よりは遠いけど…その内家族になるんでしょ」
「…うん」
「…顔、赤いけど?」
「だって…まだ実感が湧かないから」
「そりゃそうだろうね。俺は漸くって感じだけど」
そう言った彼の目線が、私の左手に降りる。
数日前からそこに輝き始めた指輪が彼の眼前できらりと光った。
「他人との境界って曖昧だと思うよ。家族って言っても、一番近い他人である事に変わりはないし」
「そう言うと何だか冷たいなぁ」
「そうじゃなくて。要するに、どんなに近付いても本人にはなれないんだから、全部を理解するのは無理って事」
「…そうね」
「知らない部分もひっくるめて受け入れられるのが家族、距離を置くのが他人でしょ」
少なくとも、俺はそうありたいと思ってる。
翼は真っ直ぐ私を見つめてそう言った。
彼が、自分が思う家族像を語ったのはこれが初めてではないだろうか。
意識せず涙腺が緩んだ。
彼がそれを語ったと言う事は、私がその家族像を共有する事を許されていると言う事だから。
「何、泣いてんのさ」
驚くでもなく苦笑した彼は、きっと私の心中を察しているのだろう。
伸びてきた指先が、零れ落ちてしまった涙を拭う。
「これからは、こう言う事をちゃんと話し合わないとね」
「…うん…っ」
彼の話を聞いて、私も彼に話そう。
思い描いた未来予想図が、境界なんて小さな事を気にしなくていい幸せなものになるように。
【 056.境界 】 椎名 翼 / 夢追いのガーネット