053.人形

窓際、月の光を浴びてぼんやりと壁に凭れる彼女は、まるで人形だ。
きっと、自分の緋の眼が発現している事に気付いていないだろう。
氷を閉じ込めたアイスブルーの髪、ガラス玉のような緋の眼。
何も映さぬ虚空の目がクロロを苛立たせた。
足音を立てて彼女に近付き、ぐいと顎を掴む。
瞳が揺れ、光が戻る。
けれど、やはりその目は何も映さず―――世界を拒んでいた。

「不愉快だな」

様々なものを手に入れた。
十分に目の肥えたクロロでも、彼女は美しいと思う。
何物にも変えがたい価値を持つ彼女を『氷宝』と表現したクルタ族には同意できる。
目どころか、正常な思考すら奪われるような魅力を持つ彼女。
今の彼女は、ただ義務的に呼吸を繰り返すだけの人形のようだった。

「…俺を見ろ」

クロロは低くそう呟く。
人形の彼女は要らない。
クロロが欲しいと思ったのは、敵わないと理解しながらも立ち向かってきた強い目の彼女だ。
彼女以上に美しい女など見た事はないけれど、ただ美しいだけの女ならば彼女でなくてもいい。
アイス・ドールを抜きにして、彼女自身が欲しいと思った。

「俺が憎いか?」

憎しみであってもいい。
感情を宿した目で自分を見て欲しかった。
彼女は何も答えず、そっと瞼を伏せる。
緋の眼が瞼の奥に消え、すぅ、と涙の筋が頬を流れた。
チッと舌打ちして彼女を解放する。
彼女は再び、何事もなかったように窓の外へと視線を向けた。
その横顔は、やはり人形のように美しく整いすぎている。

「――――――」

殺すつもりはない。
けれど、自分の名前一つ告げず、ただ人形のように虚ろな目で見つめられると、苛立ちのままにその呼吸を奪ってしまいそうだ。
クロロは心中で舌打ちをして、彼女に背を向けた。

「団長?」
「見張っていろ。逃がすな」

マチの糸から逃げられるはずはないのに、念を押すようにそう言い残すクロロ。
マチは疑問符を抱きながらも頷き、彼女へと視線を向けた。
抵抗する素振りはなく、彼女はやはり窓の外を見つめている。
夜が静かに更けていった。

【 053.人形 】  クロロ=ルシルフル / Ice doll

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10.06.08