052.機械

「あれ、幻覚が見える」

桜庭は思わず目をこすった。
幻覚じゃないんだよ、と教えてくれる高見もまた、自分の眼鏡を拭っている。
そんな二人が見つめる先には進がいた。
それだけならば何も不思議ではないのだが、彼の手にあるのはダンベルでもなければスポーツドリンクでもない。
彼とはある意味一番遠い存在―――携帯電話だった。

「進?それ、誰の?」

出来れば壊さないであげてね、と心中で呟く。
集中していたらしい進の目が桜庭を捉えた。

「俺のものだが?」
「え!?」

思わず驚きの声を上げるけれど、進は気にした様子もなく再び携帯に目を向けた。
難解な数学問題に挑んでいる時と似た顔をしていると思うのは気のせいだろうか。

「おはよー!あ、早速使ってるのね。感心感心。わかる?」
「おはよう。…とりあえず、と言ったところか。難解だな」
「そっか。わからなかったら教えてあげるからね」

部室に入ってきた彼女は、進と携帯と言う組み合わせをあっさり受け入れた。
どうやら、彼女が主犯らしい。
とりあえず彼女を部室の端に連れて行き、状況を尋ねる。

「今時の高校生で携帯一つも使えないなんてありえないでしょ」
「でも進ってすぐ壊すんだけど!?」
「あぁ…“私だと思って優しく触ってね”って言ってある。携帯が無事だって事は、多少自惚れていいのかしら」
「それは…たぶん」

そんな事を言っていたのか、と思う半面で、不思議と納得してしまう。
進は恐ろしいほどの力を持っているけれど、試合や練習以外でその力を人に向ける事はない。
況してや、それが彼女相手であれば尚の事。

「それにしても…意外と楽しいわ」
「な、何が?」
「進に色々と教える事。私色に染めているみたい」
「…あぁ、うん…君ってそう言う人だったね」

普通、あれだけの機械音痴相手では面倒だと思うんじゃないだろうか。
そう思ったけれど、その考えは一瞬で消えた。
彼女はそう言うものを楽しむ性格だ。

「まぁ、進が携帯を使えたら便利だから…よろしく頼むよ」
「うん、任せて!最終的にはパソコンだって使わせてみせるわ!」

ぐっと拳を握った彼女が、とても頼もしかった。

【 052.機械 】  進 清十郎

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10.06.07