041.楼上

翼が近付いてきている事には気付いていた。
声をかけられるまで反応しなかったのは、近付いてくる彼のほうが何らかの行動を起こすとわかっていたから。

「この程度は平気なんだ?」

唐突な問いかけ。
それが何を意味しているのかはわかっている。

「飛行機ほどの高さじゃないし。この程度は、ね」

天守閣から眺める景色は、当然の事ながら地上を歩く時よりは遠い。
けれど、人がゴマ粒のように見えるほどの高さでもなければ、雲を見下ろす高さと言うわけでもない。

「それにしても…思わぬところで観光できたね」
「雨に降られて練習が中止になるなんてね。折角のスケジュールがパァだよ」

不満げに呟く翼は、しとしとと降り続ける雨を睨みつける。
睨んだところで雨雲が晴れるわけではないのだが。

「わざわざ日本に帰ってきてんのに、観光なんてやってらんない」
「…向こうではデート一つも満足に出来ないから、私は満足なんだけどなぁ…」

不満だらけの翼に思わずそう呟くと、勢いよく振り向いた翼が彼女を見る。

「………満足に出来てなかった?」
「最近は試合続きで忙しかったからね」

どうやら、自覚していなかったらしい。
苦笑すれば、ばつが悪そうに視線を逸らす彼。

「…この後、どこ行きたい?」
「んー…ゆっくり歩きたい、かな」
「雨、降ってるけど?」
「傘一つで歩くのも楽しいから。それにほら、もうすぐ上がりそう」

向こうのほうに見える空に光が差しているのを見て、彼女はそう笑った。

「…そろそろ下りるよ」
「もう?」
「歩くんでしょ」
「…うん!」

歩き出した翼の腕に、控えめに絡みつく細い手。
そう言えば、こうして並んで歩くのは久し振りだと、今更思い出す彼。
既に彼の心に不満はない。
今日はゆっくりと彼女に付き合おう―――そう思いながら、下へと続く階段へと歩き出した。

【 041.楼上 】  椎名 翼 / 夢追いのガーネット

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10.05.20